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14話 満ちる月と欠ける月

ElleNanaizumi

 昼時にも関わらず、部屋が急に夕暮れのように暗くなった。

 ベルは思わず窓の外に目を向けた。朝は雲1つない快晴だったのに、今は太陽を隠すほどの厚い雲が広がっている。嫌な予感がして、ベルは胸元で輝きを放つペンダントをぎゅっと握りしめた。

 不安を感じていたのはニコルも同じだったようで、彼女は話す前に、隣にいるレーゲンをじっと見つめた。

 頷いたレーゲンに促されるように、ニコルは深呼吸をしてから口を開いた。 

 

「今回のことは……私が守ってきた装置に原因がある、と思う」

 

 改めてニコルを見ると、首を絞められたようなあざがあることに気づいた。ベルたちが部屋に入った時はレーゲンが襲われていたが、腕輪を通じてエマの体を乗っ取った何者かは、少なくとも最初はニコル自身を標的にしていたのだ。

 レーゲンが尋ねた。

 

「装置ってなんだい、ニコル」

「今見せるよ」 

 

 ニコルは眠っているエマに近づき、彼女の手から淡く輝き続けているモントのブローチを取り上げた。

 それから彼女は、ルナに向かって言った。

 

「髪飾りを貸してくれる?」

「うん」

 

 ルナは迷うことなくバレッタを髪から外して、母親に手渡した。 

 ニコルは、双子が持っていた飾りをそれぞれの手に持つと、みんなが見えるように目線に持ち上げてからそれらをつなぎ合わせた。

 わずかに発光していることもあいまって、1つになった飾りは満月のような見た目になった。

 もしかして、とベルが胸元に目を向ける。ペンダント、特にその内部にある5つの歯車のうち1つから、淡い黄色の光が発せられていた。

 

「やっぱりモントたちの飾りが装置だったんだ」

「ちょっと惜しいかな」

「え?」

「この状態では、まだ装置は完全じゃない」

 

 ニコルはつなげた飾りを床に置くと、自身の服のポケットから小さな袋を取り出した。その中には、コインほどの大きさの、丸くて黄色い石が入っていた。

 彼女が石を飾りの中央にあるくぼみの中にはめた瞬間、先ほどまでとは比べ物にならない、太陽のような輝きが部屋を満たした。

 数秒経って光が収まった時、そこには継ぎ目ひとつない完全な満月となった髪飾りがあった。石は円盤の中心で、あたかも最初からそう作られていたかのようにはめ込まれている。

 

「これが私の預かっていた、装置の本来の姿。……みんなを危険にさらしてしまった原因だよ」

「危険そうには見えないけど……そもそも、装置が何かっていう質問の答えにはなってないよ?」

 

 レーゲンの目が、ニコルを射抜く。疑わしいと言いたげなその視線を正面から受け止めつつ、ニコルは答えた。

 

「……装置は、ある危険なもののちからを抑えるために必要なものだよ。本当は別の人が管理していたんだけど、疫病にかかったその人に頼まれて、私が引き継ぐことになったんだ。……といっても、私が知ってることは全部受け売りでしかないんだけど」

 

 その言葉は、レーゲンだけでなく、モントとルナを含めた子どもたちにも聞かせるための言い方だった。

 ニコルは続けた。

 

「前の管理人から引き継ぐにあたって、私は装置が必要になるまでは完全な形で保管しないことにした。当時は疫病の件でいっぱいいっぱいになっていたから、万が一なくしたりすることがあっちゃいけないと思って。この装置は要になる石を外すと2つに割れる性質があったから、その部分を子どもたちに持っていてもらうことにした。……レーゲン、子どもたち、黙っていて本当にごめんなさい」

 

 深々と頭を下げるニコル。

 レーゲンは厳しい表情で彼女に言った。

 

「結果的に今日まで誰も狙われなかったからよかったけど、少しうかつだったんじゃないか」

「……本当にその通りだと、今なら分かる。子どもたちを巻き込むべきじゃなかった」

「子供たちのこともそうだけど。……ニコル、君がそこまで責任を負う必要があるほど、装置というのは大事なものなのかい?」

 

 レーゲンの刺すような視線を正面から見つめ返しながら、彼女は頷いた。

 

「私が装置を預かって間もなく、前の管理者と親交があった、クロという人物が手紙をよこしてくれた」

 

 ベルたちは知ってるよね。ニコルが尋ねると、名指しされたベルとアリシアは頷いた。

 

「クロの手紙には、装置の持っている役割とともに、それが失われることで起きる最悪の事態が記されていた。私は装置を引き継いだことを手紙の返信に書いたんだけど、それ以降クロからの手紙は届かなかった」

 

 ニコルの言葉を聞いたベルとアリシアは、顔を見合わせた。

 

「クロさんは、何度か手紙を書いたと言っていました。でも、話を聞く限り、クロさんの手紙はニコルさんに届いていなかった」

「それに、クロ氏は『ニコル氏から返信がない』と言っていた。あなたの手紙は、クロ氏には届いていなかったんだ」

 

 ベルとアリシアの言葉に、ニコルは表情を変えなかった。

 やっぱりそうか。そう呟いてから彼女が言った。

 

「その頃は監視されてたんだと思う。多分、前の管理人に接触していたから。……退職した後の、最近になって届いた手紙には開封された形跡がなかったから、監視が外れたんだと判断してそれには返信の手紙を出してる。ベルたちがこっちに来ることも、その時の手紙で知ったんだ」

「じゃあママは、ベルたちが来るって知ってたのにボクたちに教えてくれなかったのか?」

 

 そう言ったのは、不満げな顔のモントだった。ごめんと謝りながらニコルが答える。 

 

「いつ来るかまでは分からなかったから……」

「ええー……分かってたらちゃんと準備してたのに」

 

 ルナもそう思うだろ? 言いながらモントは隣を見た。

 だが、そこにいたはずのルナの姿はなかった。

 

「……ルナ? どこに行ったんだ?」

 

 ベルはもちろん、部屋にいた誰もが、ルナがいなくなったことに気づいていなかった。……そもそも、ルナがいつから姿を消していたのか、それすらも分からない。

 疑問が具体的な言葉に結びつく前に、ベルの胸元でペンダントが激しく輝きだした。

 白に近い色の光。装置に反応しているわけではない。

 まさか、とベルが思った次の瞬間、彼のすぐそばを光の塊が通り抜けた。

 装置を握ったニコルと、彼女をかばおうとしたレーゲンが部屋の奥に吹き飛ばされ、壁に激突した。

 

「パパ! ママ!」

 

 うめき声をあげる2人に、モントが叫ぶ。

 子どもたちはその攻撃の発生源を見て、自分の目を疑った。

 手を前方に向けたルナ。そのすぐ横に、顔以外のほとんどを真っ黒な外套で隠した女が立っていた。

 ルナはぼうっとした表情でたたずんでいた。先ほどのエマと同じような雰囲気だが、彼女とは違いその手首に腕輪はない。

 一方、黒い外套を着た女の肌は真っ白で、血を塗ったように真っ赤な唇がより強調されていた。老婆というほど年を取っているようには見えないものの、物語に出てくるような悪い魔女を思わせる姿だ。彼女の右手を覆うように、鈍い光を放つ金色の装飾がつけられていた。

 

「北部であの人が見出した子もなかなかだったけど、この子もいい感じ」

 

 湿気を含んだ、女性にしては低い声だった。

 

「お前、なんなんだよ! ルナから離れろ!!」

 

 モントの声が震えている。ベルたちよりも少し前にいるため、その表情は彼らには見えない。

 双子の片割れである少年は涙をエメラルド色の両目に溜めながら、それでも妹のために敵をにらみつけていた。

 隠しきれない少年の恐れを感じ取った女はヒヒッと不気味に笑った。明らかに、余裕がある側がする笑い方だ。

 

「離れろって? それはできないねえ」

 

 女が一歩横に動くと、ルナも同じように横に動いた。

 

「ほらこの通り、この子は私と一緒に居たいようだ」

「そんなわけないだろ! ルナに何したんだよ!」

「ああ、ちょっとした魔法だよ」

 

 女は、ルナの頭に右手を置いた。装飾品が光り、ルナが顔を上げる。

 モントと同じ色の虚ろな目が、ベルたちの姿をとらえた。

 

『子どもを攻撃しろ』

 

 女がそう言ったのと同時にルナが再び手を前方にかざし、先ほどよりも光度を増した塊を放った。

 塊はモントに届く前に、アリシアが張っていた防御壁にぶつかって霧散した。

 女は愉快そうに笑うと、装飾をつけた右手を、まるで空中に文字を書くかのように動かした。

 すると、夜の黒さを思わせる、扉のようなものが女とルナの前に現れた。

 女とルナの体が、それに吸い込まれていく。モントは急いで妹のもとへ駆け寄ろうとした。

 

「この子はもらっていくよ。計画に役立ちそうだ」

 

 それが女の、最後の言葉だった。

 2人を吸い込んだ暗黒の扉も、モントがたどり着くころには霧散していた。

 急いで部屋を出て行こうとする彼を、ベルとアリシアは必死に抑え込む。

 

「放せよ、ルナを助けに行かなくちゃ!」

「助けに行くって、どこに?」

「分かんないよ! でも行かなきゃ……ルナは大切な家族なんだ!」 

「モント!!」

 

 ベルがひときわ強い声で名前を呼んだ。モントは初めて聞く友人の大声に、目を見開いた。

 少年の体が脱力する。そして、彼の瞳から大粒の涙がこぼれた。

 

「ボクが、ちゃんと見てなかったせいだ……ルナぁ……!」

 

 モントは大声をあげて泣き出した。

 どう声をかけるべきか迷うベルたちの耳に、部屋の奥からうめき声が届いた。

  

「そうだ、パパと……ママは……」

 

 嗚咽はまだ完全に止まっていなかったが、モントは涙を手で拭うと、声のした方へ走り出した。すぐ後ろを、ベルとアリシアが追いかける。 

 部屋の奥、壁に激突するほど吹き飛ばされたレーゲンとニコルは、かなり危険な状態だった。

 2人は攻撃そのものによるやけどを全身に負っていた。そのうえ、レーゲンの腕と、ニコルの足が変な方向に曲がっている。そして、彼らの体からどくどくと血が流れだしているのに気づくと、モントの体は震えはじめた。止まったはずの涙が、またこぼれだす。

 

「ボク、昔から血がダメなんだよ……あぁでも、このままじゃパパとママが……」

 

 惨状に恐怖を抱いていたのはベルたちも同じだが、彼らはすぐに、別の大きな問題に気づいた。

 

「僕の知ってる魔法じゃ、こんなけがは治せない……」

 

 ベルが呟いた。学校で習った治療の魔法はごく簡単なもので、擦り傷程度しか治すことができない。それは装置を手にしているアリシアも同じだ。すると、途方に暮れている子供たちの前で、ニコルの手に握られていた装置が輝きだした。

 

『……おい、モント』

 

 少年とも青年ともつかない声が、子どもたちに語り掛ける。

 装置の横に、猫のような目つきの青年がしゃがみこんで、瀕死の大人たちを見つめていた。そばかすが目立つ顔に、大きな丸い眼鏡をかけている。くすんだ金色の髪はあちこちに寝ぐせのようなはねがあった。

 ぎょっとするベルたちに向かって、青年が言った。

 

『お前だよお前、ふとっちょモント』

「ふ、ふとっちょって言うな! っていうかあんた誰だよ!」

 

 恐怖と混乱で泣きながら尋ねるモントの言葉を無視して、青年は装置を指差した。

 

『時間がない。それを持って、彼らの怪我が治った姿を想像するんだ』

「はあ? 何言ってるんだよ」

『このままだと両親が死ぬぞ。いいのか?』

 

 青年の問いに、モントは即座にぶんぶんと首を横に振った。

 

『じゃあ早くやれ。……大丈夫だ、お前ならできる』

 

 そう言って笑う青年の言葉を聞いて、それまで焦りと不安に満ちていたモントの表情が変わった。

 涙を拭って頷くと、ニコルの手から装置を取り、普段ルナがそうするように自分の髪にそれを取り付けた。

 祈るときのように両手を胸の前で組み、モントは願いを叫んだ。

 

「パパ、ママ。今助けるから……死なないで!」

 

 装置が輝きを増し、モントを中心にして複雑な文様が床の上に浮かびあがった。

 ベルたちは知らなかったが、その文様はかつて西部都市の医療現場で使われていた魔法を図案にしたものだった。

 魔法の効果はすぐに表れた。

 最初に、レーゲンとニコルの折れていた骨が治り、正しい形を取り戻した。

 それから、彼らが負っていたひどいやけどが瞬く間に治っていく。

 1分もたたないうちに、両親が負っていたケガの痕跡は、床に広がった血以外には見当たらなくなった。

 

『ほら、やればできるだろ。ずっとお前たち双子を見てきたボクは知ってるんだ』

 

 青年はそう言うと。すっと姿を消した。

 

「すごい……モント、いつの間にこんな魔法を?」

 

 ベルが話しかけたが、モントは答えなかった。

 肩で息をしていて、顔も真っ赤だ。

 

「……様子がおかしい。モント、聞こえるか?」

 

 アリシアが肩をゆする。

 モントはゆっくりと彼女の方を振り向いた。

 

「アリ、シア……?」

「もうケガは治っている。2人とも無事だ」

「よか……っ……」

 

 ふらつくモントの体を、ベルとアリシアは2人で受け止めた。それと同時に、床の上に広がっていた文様も消滅した。

 そっと床に横たえると、傷が癒えたレーゲンとニコルがそばに寄って、命の恩人である息子の手をしっかりと握った。

 

「モントが治してくれたんだね。……本当によくがんばった、ありがとう」

「あんな魔法、私だって使えない。立派だよ」 

 

 モントはゆっくりと首を横に振った。

 褒められて嬉しい気持ち以上に、ルナを奪われたことへの悲しみで、彼の心はぐちゃぐちゃだった。

 

「パパ、ママ……どうしよう、ルナが……」

 

 身体と精神の限界に達したモントは、最後に大粒の涙を1つ流して気を失った。

 窓の外では、いっそう暗い雲が空全体を覆っている――ついに降り始めた雨は、当分止みそうになかった。

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