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16話 それぞれの夜

  • ElleNanaizumi
  • 8月16日
  • 読了時間: 17分

更新日:8月27日

 目を覚ましたルナは、見知らぬ部屋で椅子に座らされてることに気づいた。

 分厚いカーテンがかかった、自然光が入る余地のない部屋だ。外の様子が見えないので、今が昼なのか夜なのかも分からない。そんな室内は、ゆらめくオレンジ色の光――魔法ではなく、本物の蝋燭の光だ――で照らされている。教室ほどの大きさの空間は、大量の本と道具で埋めつくされている。書斎というよりは、資料室を連想させる風景だった。

 ルナはもっとよく見ようと体を動かそうとした。だが、手足を椅子に縛り付けている縄がほどけそうにないことが分かると、途端に彼女の中で恐怖が沸き上がった。

 

「誰か、たすけて……!」

 

 口をふさがれていないにも関わらず、その叫びはルナ自身が驚くほどか細く頼りなかった。

 それでもルナは、必死の思いで叫ばずにはいられなかった。ここから出して、助けて、と。

 部屋には時計がなかった。どれくらいそうしていたのか、ルナが叫び疲れた頃になってようやく、部屋の扉が音もなく開いた。中に入って来たのは三人の男女だった。

 癖のない黒髪を、耳たぶの高さで切りそろえた細身の青年。

 頭をつるつるにそり上げ、鍛えた体が見えるよう袖のない服を着た浅黒い肌の男。隣に立つ黒髪の青年より、頭一つ分ほど背が高い。その口元はいびつな形で切り広げられていて、大きな蛇を思わせた。

 そして、青白い肌と真っ赤な唇の女――ルナをさらった女だ。彼女を見た瞬間、ルナは思い出した。

 血まみれの両親を。友達に飛んで行った白い光の玉を。恐怖を虚勢で隠しながら、自分を助けようと駆け寄ってくれた兄を。

 そして、それらの原因が自分にあることを。

 叫びたくなる気持ちは、大人たちの冷たい視線によって押さえつけられた。

 

「おや、お目覚めですね」

 

 わざとらしさすら感じる笑みを顔に張り付けながら、黒髪の青年が言った。

 

「確か、ルナという名前だそうですね。長い付き合いになりますから、仲良くいきましょう」

「こんなガキを戦力にするのか?」

 

 あくまで穏やかな口調の青年に対し、蛇のような男が乱暴に言った。男の大きな口が開くたび、ルナの目には先が二つに割れた舌が見えた。

 男の言葉に反論したのは、ルナをさらった女だった。

 

「彼女には才能がある。それに、子どもはうまく扱えば大人以上に便利だから」

 

 へっ、と男は馬鹿にするように笑った。

 

「ま、使えなきゃ始末すりゃいいしな」

「あら、それなら彼女の前にあんたが始末されるわね」

「なんだと」

 

 蛇男と女による喧嘩が始まる前に、青年が間に入って止めた。

 

「ルナが怯えているじゃないですか。第一印象は重要ですよ」

 

 二人は最初にルナを、それから青年を見て、しぶしぶ口をつぐんだ。

 青年は彼らの様子に満足したようで、相変わらず笑顔を崩さないままルナに向かって一礼した。

 

「初めまして。私はボーウェンと申します。東部都市で議員を務めているものです。背の高い男はソーバーン、あなたをこちらへ連れてきてくれた彼女は、カリンです。以後、お見知り置きを」

 

 口調も、体の動きも、ボーウェンは嘘くさいほど落ち着いていて一見無害そうに見える。

 にもかかわらず、ルナは終始、三人の中で最も怖いのは彼だと感じていた。

 何を考えているか分からない。一つでも選択肢を間違えたら、次の瞬間には殺される――ルナは、そんな気がしてならなかった。

 ボーウェンはほかの二人に、ルナの拘束を解くように言った。手足を縛っていた縄が外れたルナは立ち上がろうとしたが、拘束された部分の痛みがそれを許さなかった。

 それを知っていて、ボーウェンは縄を解くように言ったのだ。

  

「ルナ、最初に言っておきますね」

 

 手足の痛みが落ち着き、ルナが話を聞ける状態になったころを見計らって、ボーウェンは言った。

 

「聡明なあなたなら分かっていると思いますが、我々はあなたの家族、友人を知っています。もしあなたが妙なことをするなら、彼らに明日はないと思ってください。いいですね?」

 

 ボーウェンの言葉が、ルナの心に深く突き刺さる。これまでに感じたことのない恐怖によって、もはや震えることすらできない。ルナは壊れかけた人形のように、ぎこちなく頷くことしかできなかった。

 ルナの承諾を確認してから、ボーウェンは部屋の扉に向かった。取っ手に手をかける前に、ああそうだ、と思い出したように言いながら振り返った。

 

「カリン、ルナを部屋に案内してください。その後のことはお任せしますが、無理はさせないでくださいね。大事な“仲間”になるんですから」

 

 仮面のようなボーウェンの笑顔は、部屋を出るまで崩れることはなかった。

 扉が閉じ、彼の姿が完全に見えなくなると、ソーバーンと呼ばれた大男が体に見合った大きな息を吐いた。

 

「あの嘘くさい笑顔、どうにかなんないもんかね」

 

 カリンはどこかうっとりとしたような表情でソーバーンを見た。もちろん好意の対象は彼ではなく、部屋を出て行ったばかりのボーウェンだ。

 

「未来の為政者にふさわしい、余裕の笑みじゃない」

「あのなぁ……言っとくが、あの人との付き合いは俺の方が長いんだからな。あんな貼り付けたみたいな笑顔より、暗い顔の方が見慣れてんだよ」

「あっそう」

 

 カリンによる愛想のかけらもない返事で、会話は終了した。

 彼女は未だに怯えるルナの手を引いて、蝋燭と本に囲まれた部屋を出た。

 扉の先は、長い廊下になっていた。右側の壁には一定の間隔で扉がある。左側は窓になっていて、外から差し込む光がガラス越しに廊下を照らしていた。

 

「今夜は満月ね、いい天気」 

 

 カリンの呟きに、ルナはゆっくりと窓の外を見て、目を見開いた。

 昼間の雨が嘘のように空は晴れ渡り、青白い月が冷たい光を投げかけている。

 食い入るように外を見るルナに、カリンが話しかけた。

 

「あなた、ずいぶん長い間眠ってたわ。半日くらいかしら」

「……えっと」

 

 カリンは、てっきりルナが時間の経過に驚いているのかと思い、そう言った。

 ところが、ルナは戸惑いを持ってカリンを見返してきた。少女が衝撃を受けていたのは別のことだった。

 ルナが恐る恐る尋ねた。

  

「ここ、どこ……?」

 

 窓の外には、黒い森が広がっていた。

 少なくとも、ルナが知っている場所――西部都市と中央都市――には、これほどの規模の森はない。  

 カリンは特に隠す風でもなく質問に答えた。

 

「ボーウェン様の別邸」

「あの、その……」

 

 言いよどむルナの思考を先読みして、カリンが付け加えた。

 

「東部都市の郊外よ。森の向こうが光っているのが見える? この別邸は海の近くにあるの。気分転換におすすめ」

「……そう、ですか」

 

 東部都市からでは、西部どころか手前にある中央都市ですら、徒歩では数日かかる。だいいち、カリンの魔法――一瞬でほかの場所へ行ける魔法――の前では、誰も逃げられない。

 

「あなたの部屋はこの先。行きましょう」

 

 選択肢は残されていない。それを再認識させられたルナは黙って、すたすたと歩くカリンの後をついていった。

 間もなく、カリンがある扉の前で止まった。扉に鍵のようなものはなく、カリンが取っ手を動かすと小さく軋む音とともに扉が開いた。それと同時に魔法の照明が作動し、質のいい家具が揃えられた部屋を照らし出した。

 

「この部屋は自由に使っていいそうよ。このほかに足りないものがあったら言ってちょうだい。可能な限り用意するから」

「……はい、ありがとうございます」

 

 ルナは義務のように感謝を述べた。そうしないと、彼らに何をされるか分からず怖かったからだ。

 それを分かってか、ルナの発言をカリンは深く追及しなかった。代わりに、幾分か真面目な表情で告げた。

 

「ボーウェン様も言っていたけど、逃げようとか余計なことは考えないことをお勧めするわ。家族やお友達のためにもね。……それと、私からもひとつ忠告。さっき窓の外で森を見たでしょう?」

「……はい」

「あの森には、昔から人間嫌いの魔物が棲んでいるの。迷い込んだ人間は八つ裂きにされて、森の入口に捨てられるそうよ。何年前かは忘れたけど、確か新聞に載ってたわ。森の中で襲われて、傷つきながらもなんとか逃げ出したって人の話。……あなたが魔物の餌食になりたくないなら、どんな理由があろうと森へは絶対に近づかないことね」

 

 じゃあね、よい夢を。カリンはそう言って部屋を後にした。

 見知らぬ部屋に一人取り残されたルナは、その場に力なく座り込んだ。

 

「私、もう兄さんたちに会えないのかな……」

 

 弱弱しい言葉は、美しい模様の絨毯が敷かれた床に吸い込まれていく。それを追いかけるように、ルナのエメラルド色の瞳から、いくつもの透明な雫がしたたり落ちた。

 

「パパ……ママ……兄さん……みんな……」

 

 緊張の糸が切れたルナは、十四年の人生の中で最も激しく泣いた。

 それは、彼らが恋しいから、というだけではなかった。操られていたとはいえ、大切な人たちを傷つけた自分が許せなかったのだ。

 涙が枯れるまで、少女は泣き続けた。その間、カリンもほかの男たちも、部屋を訪れることはなかった。

 やがて、声すらも枯れ始めたルナがふと顔を上げると、部屋は夜の闇の中にあった。照明の魔法の効果が切れてしまったらしい。ルナはまだその魔法を習っていないので、照明をつけなおすことはできない。幸いなことに、窓際は月明かりのおかげで明るかった。それを頼りにルナは窓のそばまで近づいた。

 藍色の空に、丸い月が浮かんでいる。ルナの名前の由来でもあるその天体は、彼女の心を少しだけ癒してくれた。

 

「また、会えるかな……」

 

 呟いてから、ルナは用意されていた部屋着に着替えてベッドにもぐりこんだ。

 遠い地でベルが願ってくれた通りに――あるいは、嵐の前の静けさのように、その夜は穏やかに過ぎていった。

 

 ☆

 

 ルナが眠りにつく少し前、カリンの部屋をソーバーンが訪れていた。

 数少ない穏やかな時間を乱す訪問者を前に、カリンは少し不機嫌だった。だが、理由もなく彼が部屋を訪れるわけがないことを知っているため、カリンは渋々ソーバーンを部屋に招き入れた。

 

「……で、どこに連れてってほしいの?」

 

 ソーバーンがカリンのもとを訪れる理由は、大半が“移動の魔法”を頼りにするためだ。むしろ、それ以外の理由でこの場所を訪れることはまずない。それを踏まえての質問だった。

 予想通り、ソーバーンは即答した。

 

「南部に連れてってくれ」

「……歩いていけば?」

「何日かかると思ってる」

「あの魔法結構疲れるの。今日だってルナを連れてくるのにかなりの力を使ってしまったし。早く休んで回復したいの」

 

 ソーバーンは少し考えてから答えた。 

 

「……帰りは自力でどうにかする。頼む、どうしても早く行きたいんだ」

 

 彼がここまで食い下がるのは珍しいことだった。

 もしやと思い、カリンが尋ねた。

 

「もしかして、“あの子”関係?」

 

 ソーバーンは頷いて答えた。

 

「あいつが南部にいるらしいと聞いてな」

「ふうん」

 

 “あの子”とは言ったものの、カリン自身はその子どもをよく知らない。

 ソーバーンから聞いた話は断片的だ。生きていれば十代半ばの少年。元々は南部都市で暮らしていたが、ある時を境に行方がつかめなくなった。

 そして、少年が失踪する直前に起きたある事件には、当時それなりに名の知れた泥棒だったソーバーンが関わっている“らしい”。

 それが、カリンが知っていることのすべてだった。

  

「それだけ気にしてる子なら、こっちに引き込めばいいじゃない」

「やってみるが、無理だろうな。何せ俺はあいつの仇なんだから」

 

 自嘲気味に笑いながらソーバーンが言う。彼が話した仇という情報は、カリンにとって初めて聞くものだった。

 もう少し深堀りしたい気持ちはあったが、彼女はぐっとこらえた。この屋敷に集っている人間のつながりは、そういうことをするには希薄すぎるのだ。

 カリンはため息をついてから、ソーバーンの頼みを承諾した。

 大したことはしていないのに、どっと疲れた気がする。大男を帰したら早く眠りたい――そんなことを思いながら、カリンは言った。

 

「明日の午前七時に部屋に来て。連れてってあげるけど、帰りは自分でどうにかしてね」 

 

 ☆

 

 ルナをめぐる一連の事件が西部都市で起きていた頃。

 南部都市に向かったハキーカ、ウィル、そして【時計塔通信社】の社長ポラリスの三人は、砂漠の近くにある小さな町に到着した。

 中央都市から南部都市に向かうための方法は大きく二つある。一つは、西部都市行きの列車を途中で乗り換え、砂漠を大きく迂回する方法。時間はかかるが安全で確実だ。

 そしてもう一つ、これからハキーカたちが取ろうとしている方法がある。それは、砂漠を徒歩で縦断するというものだ。こちらは迂回する方法よりも短い時間で到着が望めるものの、少しの失敗がさまざまな危険につながる方法だ。

 幸い、ポラリスのつてで一行は優秀な案内役と十分な準備を整えることができた。彼らは街の宿で日の出ているうちに休み、日が沈んだ頃に南部都市へ向けて出発した。

 深い藍色の空の下、空気は凍えるほど冷たい。それでも、太陽が照り付ける灼熱の中、脱水症状に怯えながら進むよりはずっといいと判断して、彼らは夜に出発することを選んだのだ。

 日の出が迫る中、彼らはできるだけ早く歩き続けた。そして……。

 

「見えた、あそこだよ」

 

 砂丘の頂上で、ポラリスがウィルとハキーカに向かって言った。

 少し遅れて彼らも同じ光景を目にする。いくつもの砂丘を隔てた先に、黒く巨大な建物の塊がある。そのすぐ近くには、白み始めた空を映す大きな水たまりが横たわっていた。

 

「南部都市ってこんなに海に近かったっけ……?」

 

 壮観な風景に心を奪われるあまり頓珍漢なことを呟いたウィルに、ポラリスが笑って答えた。

 

「あれは湖だ。学校で習ったはずだろう?」

「そうでした……」

「まあ、あの大きさだからね。僕も初めて見たときは同じように思ったよ。それに、もう少し先までいけば大陸の南端と海があるから、あながち間違いとも言い切れない。機会があったら一度は行ってみるといいよ。どこまでも広がる空と海を見たら、大抵の悩みなんて吹き飛ぶんだ」

 

 会話の間も、夜明けは刻一刻と近づいている。一行は前方に見える街並みを目指して再び歩き始めた。 

 歩きながら、ウィルは旅の前に読んだ資料や記事について思い返していた。

 ――南部都市が“都市”として整備される前、この巨大な湖の一帯は砂漠を渡る人々の重要な中継地だった。とはいえ、湖以外に観光地や産業があるわけではなく、南部都市の始まりはおよそ八百年前まで待たねばならなかった。ある時、水をめぐって行商人や旅人の間で大きな争いが起こった。それを解決するため、当時最も信頼を集めていた一族の長が湖一帯を管理することになり、それ以降この地域は南部都市として整備されていったのである。

 特定の一族が都市の成立に関わっているという点では、北部都市の成立と経緯は似ている。しかし、政治的な対立はあったものの都市成立以降武力を用いた内戦がなかった北部都市に対し、南部都市では資源や土地を巡る争いが絶えることはなかった。最初に地域を管理をすることになった一族の長も、権力争いに巻き込まれた末、二年と経たないうちに謎の死を遂げている。以来、現在に至るまで南部都市の指導者が4年という任期を全うできた数は三割にも満たないという。

 特に、ここ二十年ほど続いている内戦は、大陸戦争以降では最悪の規模と言われている。

 内戦の始まりはある指導者の死だった。強権的な姿勢で知られた指導者には敵が多かった。そのため、彼の死は敵対勢力によるものだとする噂が生まれ、それをもとに支持者たちの勢力がが敵対勢力を攻撃した。それだけであれば過去の南部都市で起きていた内戦とそう変わらなかったのだが、およそ十年前に状況が悪化した。新しい指導者を迎えた支持者側が徐々に優勢になり始めたのだ――。

 そこまで考えたところで、ウィルは別のことが気になってきた。

 ウィルにとって南部都市、特に内戦に関する知識の大半は、ポラリスがかつて書いた連載記事がもとになっている。ポラリスは実際に現地へ赴き、戦闘の最前線はもちろん、それに巻き込まれて心身ともに傷ついた市民にも焦点を当てていた。だが、例外もあった。

 ウィルは思い切って、前を歩くポラリスに言った。

 

「出発する前、最近の情報と合わせて昔のポラリスさんの連載を見返しました」

「十年くらい前の記事だね。確か、ウィルがうちに入りたいと思ったきっかけが僕の記事だったんだっけ」

「はい」

「面接でそんなことを言ってくれたのは君だけだった。とても印象的でね。……ああ、もちろん採用したのはそれだけが理由じゃないけど、書き手としてはやっぱり嬉しいからね」

 

 共通の話題で盛り上がれた嬉しさを一旦横に置いて、ウィルは真面目な顔と声で続けた。

 

「連載の中で、気になることがあって」

 

 ポラリスの足がほんのわずかに止まった。彼はすぐに歩き出したが、ウィルはそれを見逃さなかった。

  

「連載の中に、家族を殺された少年の話が載っていました。内戦そのものの戦闘ではなく、強盗によるものだって」

「……」

「あの話に出ていた少年って、ここにいるハキーカですよね?」

 

 名前を出した瞬間、ウィルの後ろで砂を踏む音が止まった。ハキーカだ。

 普段のはつらつとした姿が嘘のように、少年は今回の旅が始まってからずっと思いつめた顔で歩き続けていた。

 ウィルと、そして先を歩くポラリスとガイド役も足を止めた。

 数瞬の間の後、ポラリスがウィルに向かって言った。

 

「……どうして、そう思うんだい」

 

 ウィルは彼をじっと見ながら答えた。

 

「十年前、新聞に載った時点で少年は六歳。ハキーカの年齢と一致しています。それに、ポラリスさんがハキーカを養子に迎えたのもだいたい同じ時期ですよね。まあ、養子云々についてはみんな知っていることだからいいんですけど」

「聞きたいことは別にあると?」

「はい。……単刀直入に聞きます。ハキーカの家族を殺したのは、ポラリスさんですか?」

 

 それまで話半分で聞いていたガイド役は、突然の展開に目を見開いて困惑している。

 ウィルは緊張しながら、ポラリスの回答を待った。ところが返ってきたのは、彼の大きな笑い声だった。

 

「ま、まじめに聞いているんですよ!」

「ごめんよ、つい……」

 

 ポラリスはまだ笑いが収まらないようだった。そのままガイド役に案内を続けるよう頼むと、自分もそのあとを歩き始めた。

 ウィルは馬鹿にされたと思って彼の後を追い言い返そうとしたが、意外にも止めたのはハキーカだった。

 少年は前を歩くウィルに追いつくと、並んで歩きながら一生懸命否定した。

 

「違うんですウィルさん、父さんは犯人じゃない」

「かばってるんじゃないのか?」

「そんなわけないって! もし父さんが犯人だったら、オレは養子になる前に警察に突き出してます」

 

 ハキーカの言い分はもっともだ。

 当事者の言葉を聞いてようやく、ウィルは自身の間違いを認めた。

  

「すみませんでした、ポラリスさん。疑ったりして」

 

 ポラリス自身は全く気にしていなかったらしく、愉快そうな笑みをウィルに見せながら尋ねた。

 

「名探偵、そう考えた理由は?」

「あの記事だけ、内戦とは関係なさそうな事件を取り上げていました。それも、連載の最終回に。だからてっきり、ポラリスさんが話題作りでそういうことをしたのかなって……いや、ポラリスさんがそういうことするような人じゃないのは分かってるつもりですけど……」 

「仮説を立てるのはいいことだ。でも、証拠はないんだろう?」

「それは……はい、ほとんど憶測です」

「物語としてなら面白いけど、うちの記事にするには裏付けが不十分かな」

 

 返す言葉もないウィルに、ポラリスが笑いかけた。

 

「連載の最後にあの内容を持ってきたのは、【戦争の陰で生まれる犠牲】について、読んだ人に考えてほしかったからだよ」

「戦争の、陰で……?」

「武器を持って戦う人。戦いに巻き込まれた、武器を持たない人。戦争で亡くなる人というと、そういう人を思い浮かべる人が多いと思う。だけど、犠牲になるのはそういう人たちだけじゃない。争いに便乗して人を傷つける人と、その犠牲になる人がいる。そして彼らは、戦争という名の深い穴の中に隠されて、ついには忘れられてしまうんだ」

「そういったうちの一人が、ハキーカということですか」

「……このことを知っているのは、ごく一部だ。察している人もいるかもしれないけど、少なくとも今は僕たちだけの話にしてくれると嬉しい」

 

 ウィルは後ろを歩くハキーカの様子を伺った。

 その深い緑色の瞳はまっすぐに、ウィルに向けられている。信じている、と言われている気がした。

 ウィルははっきりと答えた。

 

「分かりました」

 

 青年の言葉に安心した様子のポラリスが言った。

  

「さっきの話に戻るけど、疑問を持ったら切り込んでいく姿勢はこれからも大事にしてほしい。だからこそ僕は、今回の旅に君を連れていくことにしたんだ」

「え?」

「表向きは僕の付き添い兼ハキーカの目付役って形だけど、もし君が今回のことで気になることを見つけたら、その時はぜひ記事を書いてみて。実際に紙面に載るかは内容次第だけど、楽しみにしているよ」

「……はい!」

 

 砂丘を越える度に、南部都市の外郭が近づく。

 それを見据えながら、ウィルは心の中で呟いた。

 

 ――ポラリスさん、仕事はちゃんとやります。だけど、俺にはもう一つやらないといけないことがある。

 

 アルケーを封じるための、【装置】の情報集め。

 ハキーカも、そしてポラリスでさえも知らない秘密を抱え、ウィルは目的地に向かって歩き続けた。

 夜明けは、もうすぐそこまで近づいていた。

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