店内は夕食を楽しむ多くの人でにぎわっていたが、ベルたちのテーブルだけは重苦しい空気に支配されていた。
「……信じられるわけないだろ」
ウィルがやっとの思いで絞り出した言葉には棘があった。
「いきなり現れて『クロの件で用がある』なんて。確かに、俺とベルはクロさんのことを知ってるけど……」
少しの間の後、カロンは大きなため息をついた。
「……こうなることが分かってたから、行きたくなかったんだ」
ただでさえ、他人との会話が苦手なのに。
後半の言葉は、カロンとの距離が最も近いウィルとアリシアがようやく聞き取れるほどの呟きだった。
「あんたと、そのクロって人とは、どんなつながりがあるんだ?」
尋ねたのはハキーカだった。
「古くからの友人だ」
友人? ウィルは顔をしかめた。
「クロさんから聞いたことないぞ」
「どんなに親しい人物であっても、その交友関係すべてを把握できてると思うのは傲慢だ」
「うっ……」
「まあ、あの人との関係はそんな言葉だけで表現できるようなものではないがな」
「どういうことだ?」
最後のウィルの問いに、カロンが答えることはなかった。
代わりにベルが口を開いた。
「あの、僕からもいいですか」
「なんだ」
「少し前、今日のことでクロさんを誘ったんですが『仕事で行けない』って断られたんです。カロンさんがここに来たのって、そのことと関係があるんですか?」
「ああ、その通りだ」
カロンはあえて冷静さを装った風に言った。
「今日、クロが襲われた」
ベルたちが言葉を失う中、カロンが続ける。
「ここであまり詳しく言うことはできないが、クロは聖堂の管理人としての仕事のほかに、ある役割を担っていた。その最中に何者かの襲撃を受け、ケガをしたんだ」
「ケガって……酷いのか」
「いや、ほとんどが擦り傷で意識もある。念のためってことで、今晩は病院で過ごすことになったが」
「よかった……」
ベルが呟いた。
ウィルも同じ気持ちではあったが、疑念が払拭できたわけではなかった。
「あんたが俺たちにこんな嘘をつく利点も考えにくいし、本当のことなんだろうが……あんた自身のことも含め、信じるにはもう少し材料が欲しい」
「それについては――ああ、ちょうど来たな」
カロンが言い終わる前に、1人の男性が彼らのもとにやってきた。
ウィルの会社での同期、クリスだった。
「クリス! なんでここに?」
「休日出勤の要請だ」
クリスはベルたちに目をやった。
「弟の誕生日って言ってたっけ。上からの指示とはいえ残念だな」
「仕方ないさ、そういう仕事なのは分かってる」
クリスは手のひらに乗る大きさの、文様が刻まれた板のような物体をウィルに差し出した。
「社長からの指示で、当面は休日であっても通信器を持ち歩くことになった」
ウィルは通信器を受け取ると礼を言った。
「わざわざ持ってきてくれたのか」
「近くに取材に行くついで。それと伝言、通信器を受け取ったら社長に連絡入れてくれって」
「社長に?」
「伝えたいことがあるんだと」
ウィルはクリスから通信器を受け取った。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「ありがとな」
クリスが去った後、ウィルはカロンを見た。
「分かってたのか、クリスが来るって」
「彼じゃない。もっと上だ」
「上?」
「社長に連絡するんだろう、それではっきりする」
「……なんであんたに指図されなきゃいけないんだ」
カロンの言葉に少しだけ不機嫌になりながらも、ウィルは通信器を机において呼び出しの設定をした。
間もなく、通信器の上に初老の男性の姿が現れた。
ポラリスは元新聞記者で、現在は新聞社の社長を務めている。そして、ハキーカの育ての親でもある。
「お疲れ様です、文化部のウィルです」
『お疲れ様。悪かったね、せっかくの家族の誕生日だったのに』
さっきも同じようなこと言われたなあ。ウィルは苦笑した。
「そういう仕事ですから」
と、ポラリスが不思議そうな顔をした。
『そばにいるのはハキーカと……カロンもいるね』
ポラリスの言葉に、今度はウィルが驚いた。
「社長、この人を知っているんですか」
『個人的な付き合いがあってね。カロンとはいつ知り合ったんだい?』
「それが……ついさっき、いきなり現れたんです。なので、正直信用していいものか……」
『大丈夫、カロンは信じていい。僕が保証する』
「社長が言うなら信じますが……カロン、あんたが言っていたのは」
「ああ、彼のことだ」
この人、本当に何者なんだ?
頭に浮かんだ質問は脇に寄せて、ウィルはポラリスに尋ねた。
「伝えたいことがあると伺っています」
『そうだったね。簡単に言うと、今後君には社会部の応援要員として動いてもらいたいんだ』
「社会部の、応援」
ウィルは、自分がこれまでにないほど緊張しているのを感じていた。
現在ウィルが所属している文化部がその名の通り文化的なイベントを中心に取材、報道するのに対し、社会部は社会で起きているあらゆる出来事が取材対象となる。仕事の難易度は高いが、内容次第では紙面での扱いも大きくなるため、この新聞社に所属する記者たちにとって1度は挑戦したい花形の部署だ。
そして、ポラリスが社会部の増員を指示するということには、重要な意味がある。
『これはあくまで僕の勘なんだけど――これから大きな事件が続くような気がしているんだ』
ポラリスの言葉に、ウィルはもちろん、ハキーカまで顔をこわばらせた。
彼がこのような発言をするときはほぼ間違いなくその通りになる。
社内はもちろん、社外の同業者たちの間でも有名な話だった。
『勘とは言ったけど、これまでに集まってきた情報からもそんな兆候がある。ウィル、聖堂の襲撃事件の話は聞いているかい?』
「はい……知人が聖堂の関係者なんです。その人が何者かに襲われたという話なら、ここにいるカロンから聞きました」
『その件で間違いない。しかし、被害者は君の知り合いだったのか』
「はい。ケガは軽いそうですが」
『それは何よりだ。だけど、その事件の前後にもいくつか気になる出来事が発生していてね。より広く情報をカバーするために増員を考えていたんだ』
「そうだったんですね。……俺でよければ、ぜひやらせてください」
ポラリスの表情が僅かに和らいだ。
『ありがとう。さっそくなんだけど、これから会社に来ることはできるかい?』
「これから……」
「兄さん、僕たちなら大丈夫。それと、クロさんのところには僕とカロンさんの2人で行くことにしたよ」
ウィルが尋ねる前に、ベルが答えた。
他の面々の表情からも、ポラリスとの会話の間に話がまとまっていたことはすぐに分かった。
「大丈夫です、すぐ向かいます!」
『気をつけて来てくれ。――それと、ハキーカ』
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、ハキーカは動揺しつつもポラリスを見た。
『友達を家に送り届けたら、まっすぐうちに戻るんだ。ウィルについて行ったりしないこと。いいね?』
「……分かりました」
不服そうではあったが、ハキーカは素直に答えた。
かつて彼は、ポラリスに無断で記者の取材に同行し、その結果ケガをしたことがある。
その一件以来、ポラリスはハキーカが現場に行くことを厳しく禁じている。
『それでは、待っているよ』
その言葉を最後に、ポラリスの姿が通信器から消えた。
ウィルは、ベルたちに向かって言った。
「今日はこれでおしまいだな」
「兄さん、それにみんなも……今日は本当にありがとう。最後は大変なことになったけど、みんなと一緒に時間を過ごせて良かった」
「またこうして集まりたいぞ」
そう言ったのはモントだった。
すかさず、ハキーカが返す。
「モントは飯を食べたいだけだろ」
「そ、そんなことない! ……確かに、ここのご飯は美味しかったけど!!」
モントの魂の叫びに、ベルたちの間で笑いが起こった。
「名残惜しいが、そろそろ出る準備をしておけよ」
ウィルは店員を呼ぶ動作をすると、会計の準備を始めた。
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