幼いころから知っているクロについての知らない話は、ベルが7歳の時、"父さん"――ベンジャミンを通して知った。
ベンジャミンは静かに語りだした。
「今から7年前、僕は時計塔と聖堂のの管理人をしていた。
その日、僕が聖堂内の見回りをしていると、【祈りの間】の隅で、長椅子に座っている男の人がいたんだ。
ひどく疲れたようすで、祈るでもなく、ただじっと腕に抱いたものを見つめていた。
真っ黒な髪と目の色をしていて、このあたりではあまり見ない顔だった。
そして、その人の腕の中では赤ちゃんが眠っていた」
ベルが話についてきていることを確認してから、ベンジャミンは続けた。
「しばらく経っても、その人は動こうとしなかった。
閉館時間が迫っていたので、僕はその人に声を掛けることにした。
『すみませんが、もうすぐ閉館の時間なので……』
声を掛けて初めて、その人は僕に気がついたみたいだった。
『もうそんな時間か。長居して悪かった』
その時聖堂にいたのは僕たちだけだった。
閉館時間だからと声をかけたけど、僕は好奇心に負けてその人に尋ねた。
『旅の方ですか?』
『ああ、今日ここに来たばかりなんだ。その前は東部方面にいた』
いくつか質問と返事を繰り返していると、赤ちゃんがぐずりだした。
もぞもぞと動くうちに包んでいた布が外れて、金色の髪の毛が生えているのが分かった。
さっきも言ったけど、男の人は髪と目が真っ黒だった。
その人が赤ちゃんをあやしている間、僕は不思議に思った。
親子じゃないのかな、ってね。
好奇心に負けて、僕は質問した。
『失礼ですが、その子とはどんな関係が?』
多分、この質問に慣れていたんだろうね。
男の人はあっさり答えてくれた。
『訳あって、両親を亡くしたばかりだったのを引き取った』
それ以上、そのことについては話さなかった。
代わりに、男の人は別のことを尋ねてきた。
『このあたりで、安く泊まれる場所はあるだろうか』
僕は考えたけど、いい場所は思い浮かばなかった。
そこで、こう提案した。
『行き先が決まるまで、うちへ来ませんか。大したもてなしはできませんが、部屋と食事は用意できますよ』
『そうさせてもらえると嬉しいが……かえって申し訳ないな』
『代わりと言ってはなんですが、息子の相手をしていただければと』
僕の言葉に、男の人はフッと笑った。
『そういうことか。……ありがとう、しばらく世話になる』
ベンジャミンは、ベルをしっかりと見つめながら言った。
「それが、僕とクロ君、そして君との初めての出会いだった」
☆
カロンが開けた扉の先では、ベッドの上に身体を起こしたクロが待っていた。
「いきなり呼び出して悪かったな」
クロの言葉を聞き終わる前に、ベルはベッドに駆け寄った。
「ケガは、大丈夫ですか……?」
「問題ない、かすり傷さ。すぐ治る」
笑顔でクロは言ったが、頭と腕に巻かれた包帯のせいで余計痛々しく見えた。
次に、クロは扉のそばに立つカロンのほうを向いて言った。
「カロン、連れてきてくれてありがとう」
「……別に、大したことじゃない」
カロンはぶっきらぼうに返した。
「俺はあくまで、あんたの要望に答えただけだ」
「感謝は言えるうちに言っておきたいんだよ」
「……話は後で聞く」
カロンはそそくさと部屋を出て行った。
「ありゃ照れてるな」
「顔真っ赤でしたもんね」
クロとベルは改めて向かい合った。
先に口を開いたのはクロだった。
「今日お前を呼んだのは、頼みがあるからだ。 ……その前に、聞いておきたいこともある」
ベルの胸元――ペンダントを示してクロが尋ねた。
「そいつについて、お前はどれくらい知っている?」
ベルは困惑を隠せなかった。
「どれくらいと言われても……今日、兄さんを通じてもらったばかりなんです。一緒に父さんからの手紙ももらいましたけど、ペンダントについてはほとんど書かれてませんでした」
ベルは鞄から手紙を取り出してクロに渡した。
内容を確認して手紙を返すと、クロは少し考えてから言った。
「これから話すことには、そのペンダントも少なからず関わってくる。
ベンジャミン……お前の"父さん"としては、ただの形見として受け取ってもらいたかったんだろうが、今日起きたことによってそれは不可能になった」
「どういう、ことですか?」
今日のクロはとても慎重に話をする。
ベルにとって、そんな彼を見るのは初めてだった。
「まず、今日俺が襲われた件について話そうか。ちょうどお前たちが夕食をとっていたであろう時間帯に、俺は聖堂の中でカロンと話をしていた。あいつは俺が管理人になってすぐのころから付き合いのある情報屋で、今日会う約束をしていたんだ。話が済んでカロンと別れた直後、俺は何者かに襲われた。少しの間――5分ほどだったと思う――意識を失い、次に目が覚めた時、時計塔に隣接する聖堂の壁が破壊されているのが見えた。
犯人の目的は、時計塔の地下に保管されていた【アルケー】と呼ばれる兵器だった」
アルケー。
初めて聞く言葉を、ベルは心の中で繰り返した。
「アルケーは大陸戦争の頃、中央都市陣営によって開発された兵器だ。
大陸戦争における主力は魔法、つまるところ人間だ。アルケーは、使用した人間の魔法に関するちからを限界を超えて強化することを可能にする。……だが、そんなちからを得られるモノが、なんの代償もなしに使えるわけがなかった。アルケーの使用者は、強大すぎるちからに精神か肉体、あるいはその両方を害してしまう。
副作用が判明したことに加え、完成したころには戦争の勝敗がほぼ決していたこともあり、アルケーが実戦へ投入されることはなかった。
終戦後、当時の首脳たちの判断でアルケーの存在は秘匿されることになった。既に製造されていたものは1つを残して廃棄、資料もほとんどが処分されることになった」
「危険なものだと分かっていたのに、どうして残したんですか?」
「一度力を持った者がそれを手放すというのは、なかなか難しい。当時の中央都市の建前としては『他都市から侵略を受けたときに防衛するため』だったらしいが、実際はどうだか……」
クロは続けた。
「残されたアルケーは、時計塔の地下に保管されることになった。もちろん、厳重に封印を施した状態でな。
それに伴って、アルケーの"管理者"を立てることになった。時計塔と聖堂の管理は、後の時代に付け加えられた役割なんだ。 最初の数代は都市から委任される形で管理人となっていたが、アルケーについて知る者が減っていくに従って形骸化した。ベンジャミンによれば、遅くとも100年前までには、就任時に中央都市側からアルケーについて説明されることはなくなっていたそうだ……ここまでで聞きたいことはあるか?」
ベルは首を振った。
実のところ、クロから与えられた情報を処理するのでいっぱいいっぱいだった。
「もう少し続くが聞いていてほしい。次に、お前が受け取ったペンダントの話をしよう。このペンダントは、アルケーと同じく大陸戦争時代に造られたものだ」
クロは、ペンダントの額縁のような部分の隅を見るように言った。
ベルが言われた通りにすると、古代文字――ベルには読めないものだった――で署名らしきものが刻まれているのが分かった。
「当時大陸で最高の技術を持っていた魔法具職人による作品で、その文字が刻まれているのが特徴だ。俺が初めて出会ったとき、お前は既にペンダントを持っていた。だから、なぜ持っていたのかという問いには答えられない。
……俺はお前を連れて、町から町へと移り住んだ。そして15年前、中央都市にたどり着いた。といっても明確な目的地はなかったんで、とりあえず一番目立っていた聖堂を訪れることにしたんだ。おかげでベンジャミンと知り合うことができたが、今回の話で重要なのはそこで起きたペンダントの変化だ。俺たちはベルが持っていたペンダントから、光が発せられていることに気づいた」
無意識に、ベルは胸元のペンダントをしっかりと握りしめていた。
「色々と試しているうちに、時計塔に近づくほどペンダントが強く光ることが分かった。ベンジャミンはその時点でペンダントがアルケーに反応していると判断したようだったが、俺がそのことを教えられたのは彼から管理人の役割を受け継いだ後のことだった」
クロが管理人となったのは14年前。同じ時期に、ベンジャミンは妻を亡くしている。まだ幼かったウィルと、妻と相談して引き取ったばかりのベルを育てるため、彼ははクロに役割を引き継いだのだった。
「ペンダントを通してアルケーの存在が広まるような事態になることは避けたかった。俺とベンジャミンは、ベルに預かっていたペンダントを返す時期について何度も話しあった。『15歳の誕生日になったら渡そう』、そう結論を出して1ヶ月ほど後に、ベンジャミンは亡くなった。
アルケーの資料が市役所から盗まれていたことを知ったのは、それからしばらく経ってからだった」
「市役所で何かが盗まれたって騒ぎがあったことは兄さんから聞いてました。……でも、アルケーの資料は廃棄されたって言ってましたよね?」
「わずかだが歴史課の資料庫に残されていたんだ。
まあ、アルケーと役所――中央都市の関係は途絶えているから、役所側は資料については本当に把握してなかったはずだ。
報道機関に対しても、詳細不明と説明するしかなかったんだろう。
だが、カロンと俺で集めた情報をもとに考えて、盗まれたのはアルケーに関する資料で間違いないと判断した」
「犯人は分かっているんですか?」
クロは首を振った。
「裏社会では、既にアルケーの噂が広まりつつある。そのうち一般にも知られるようになるだろう。ここまでいくと情報源――恐らく、資料を盗んだやつ――のところまでたどり着くことは不可能だ。挙句、恐れていた事態であるアルケーの強奪も発生した」
ベルの、ペンダントを握る手にいっそう力が入った。
クロが続ける。
「最悪の事態ではあるが……アルケーを残す選択をした時点で、第三者の手に渡る可能性は考慮されていた。悪意のある存在にアルケーが奪われた際の対抗策として、当時の首脳たちは【装置】を用意することにした」
「装置?」
クロはうなずいた。
「装置は4つの魔法具から構成されていて、必要な手順を踏むと、アルケーを無効化できるようになっている。
終戦直後は優秀な魔法使いたちが装置を管理していた。寿命によって魔法使いたちが死亡した後、市民の一部から『平和の象徴として、装置を東西南北の各都市に置いたらどうか』という提案がなされた。首脳たちは既に死んでいて、装置とアルケーの関係を知っていたのは魔法使いたちだけ。そして一般人には、単なる魔法具にしか見えていなかった。
各都市の上層部は市民の声に応えた。以来、装置は各都市によって管理されることになった」
「装置は今でも、それぞれの都市にあるんですか?」
クロがベルの質問に答えるまでに、少しの間があった。
悪い答えが帰ってくることは容易に想像できたが、それはベルの予想を大きく超えていた。
「現在、北部都市を除いて装置は行方不明となっている」
「……え?」
「北部都市では代々装置を管理してくれている一族がいるおかげで、所在はすぐ確認できた。だが、西部、南部に渡った装置の行方は完全に不明。東部都市に至ってはしばらく前から情報統制が行われていて、そもそも都市の現状すらよく分かっていないんだ」
ひどい。あんまりだ。
思わず呟きそうになった言葉をベルは飲み込んだ。
「ここまでひどい状態だったというのは、俺とカロンも想定外だった。だが、人間にとっての数百年ってのは、そういったことが起きるには十分すぎるくらい長いんだよ」
クロは、ベルをまっすぐ見つめて言った。
「ベル、俺にちからを貸してほしい。本当は巻き込むべきじゃないことは分かっているが……俺には信頼できる仲間が必要なんだ」
ペンダントの話。
アルケーの話。
管理人の話。
聞いたばかりの内容を思い返した後、ベルはクロの目をしっかりと見返して言った。
「僕で役に立てるなら、何でもします!」
その答えを聞いたクロは、今日一番の安心した表情を見せた。
「ありがとう、ベル。……本当にありがとう」
☆
翌日の早朝、ベルは静かに目を覚ました。
机の上にある時計は4時30分を指している。大丈夫、列車の時間には間に合う。
ベッドから身体を起こすと、ベルは身支度を始めた。
――昨日の夜、クロはベルにチケットと封書を渡していた。
チケットは、元々クロが乗る予定だった北部都市行きの列車のチケット。
封書には、装置の管理人にあてた手紙が入っていると説明を受けた。
「ベルには、北部の装置を回収してきてほしい。……頼めるか?」
「大丈夫です!」
そういえば、とクロは思い出したように尋ねた。
「学校は大丈夫なのか? 頼んでおいて聞くのもなんだが……」
「明日から4日間は、学校の祝日と週末なので大丈夫です。それよりも伸びると、学校に説明しなくちゃいけなくなります」
「北部との往復で2日かかるとして、動けるのは実質2日か。今回は装置を受け取って持って帰るだけだから、何事もなければすぐ帰れるだろうが……」
「学年末のテストも終わっているし、なんだったら休んでもいいですけど」
珍しくベルが軽口を叩いたが、クロはきっぱりと否定した。
「無断欠席になるのは良くない。説明が必要になるからな」
クロは続けて言った。
「それと、今日ここであったことは、当面の間俺たちとカロンの間だけの話ということにしておいてほしい」
「兄さんや、友だちにも内緒なんですよね」
話の流れで気づいていたことではあったが、確かめずにはいられなかった。
クロははっきりと答えた。
「ああ。時が来たら、きっと話す機会はあるだろう」
「……分かりました」
――昨日のことを思い出しながら簡単に身支度を済ませると、ベルは就寝前に用意していた荷物と書置きを持ってリビングへやってきた。
「兄さん……」
そこには、机に突っ伏して眠るウィルのすがたがあった。
着ていた服は昨日のままで、近くには無造作に置かれた鞄が転がっている。
ウィルを起こさないよう、できるだけ静かに書置きを机に置いてから、ベルは家を後にした。
兄さんへ
北部都市に行ってきます。
直接言えなくてごめんなさい。
新しい仕事は大変だと思うけど、無理はしないでね。
誕生日祝いを開いてくれてありがとう。
とても嬉しかったよ。
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