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5話 アリスについて あるいはアリシアの友達論入門

  • ElleNanaizumi
  • 2023年12月9日
  • 読了時間: 9分

更新日:2024年10月26日

 早朝の中央都市は、日中の騒がしさが嘘のように静まり返っていた。

 いつもなら気にならない足音も、やけに耳につく。まるで、この世界から自分以外の人がみんないなくなったみたいだ。

 ベルは自分の考えが恐ろしくなって、頭を振ってイメージを追い出した。

 今、ベルは中央都市の駅に向かって歩いていた。

 列車で北部都市へ向かい、現地の管理者から装置を預かって中央に戻る。アルケーの管理人、クロから受けた初めての依頼だ。

 中央都市から北部都市へと向かう列車が出発するのは午前6時。余裕をもって家を出発したおかげで、出発の30分前には駅に到着することができた。

 ベルにとって、列車に乗るのは初めての経験だ。

 改札でクロから渡されていた乗車券を見せ、ホームに入る。それだけのことだったが、緊張していたベルは終始空いたほうの手で胸元のペンダントを握りしめていた。

 城門のような改札を抜けてホームに出た瞬間、ベルの緊張は高揚に変わった。

 朝もやと柔らかい光の中、長く巨大な列車が発車の時を静かに待っている。これに乗って、およそ半日をかけて平野と険しい山々を越え、北部都市へと向かうのだ。そのことを想像しただけで、ベルの鼓動が早くなった。

 そんな中、ベルはかつて聞いた話を思い出した。

 ベルが住む大陸で列車が整備され始めたのはおよそ50年前。その中でもっとも長い歴史を持つのが、中央都市と北部都市を結ぶ路線である。

 北部都市は、千年ほど前に中央都市の開拓者たちによって基礎が作られた街で、両都市間の結びつきが特に強い。大陸戦争の際も、真っ先に中央都市の味方として名乗り出たのは北部都市だった。そんな事情もあり、大陸初の鉄道網は中央と北部の間で敷かれることになったという。

 誰から聞いたんだっけ。

 そんなことを考えながら乗車券に書かれた客車まで歩いていくと、視線の先に見覚えのある人物の姿があった。


「アリシア!」


 名前を呼ぶと、クラスメートのアリシアは声の主を確かめようとベルのほうを向いた。


「ベルじゃないか、どうしてここに」


 アルケーや装置の話は、クロとの約束で話すことができない。

 あらかじめ用意していた理由を口にした。


「急な用事で、人に会いに行くことになったんだ」


 深堀りされる前にと、ベルは話題を変えることにした。


「ちょうど、アリシアのことを考えていたんだ」

「私の?」

「ずっと前、列車について話してくれたことがあったでしょ?」


 ベルの問いに対し、アリシアは一瞬で思い出した。


「入学式の直後だったか、懐かしいな」

「うん。あの話を誰に教えてもらったっけな、って考えていたら、アリシアから教えてもらったのを思い出したんだ。……ところで、アリシアはどうしてここに?」

「私は、家の都合だ。本当なら学期末の休みに行くつもりだったんだが、大事な予定があるからと時期が早まった」

「そうなんだ」


 会話が途切れたところで、アリシアはベルが持っていた乗車券に気が付いた。


「その券」

「これ?」


 ベルはアリシアに持っていた券を見せた。

 やっぱり、とアリシアは確信を得た表情を見せた。


「どんな偶然かはわからないが、私と同じ客車だ」


 アリシアは、自身の乗車券を見せながら言った。


「この列車は、乗る客車によって乗車券の色が違うんだ。もちろん印字でも確認できるが、色を見ればすぐにわかるように工夫されている」

「そんなことまで知っているんだね」

「小さいころから乗っているからな」


 アリシアの案内で、ベルは客車の中へと乗り込んだ。

 車体に沿って通路があり、そこに面するように窓付きの扉が4つある。

 アリシアは迷わず一番奥の扉まで進むと、窓を通して先客がいないことを確かめた。


「この客車は、席の指定がないから自由に座ることができる。……もしよかったら、一緒にいてくれないか?」


 アリシアの提案を断る理由はなかった。


「僕でよければ、喜んで」


 2人は扉を開け、客室内の壁に沿って作られた長椅子に、向かい合うように座った。

 客室は窓が大きくとられていて、朝の光がたっぷり差し込んでくる。そのおかげで、2人だけだと持て余していた空間が、いくらかマシに思えた。

 アリシアが言った。


「列車に乗ることには慣れているが、1人旅は少し寂しいと思っていたんだ。ありがとう、誘いに乗ってくれて」

「僕のほうこそ、誘ってくれてありがとう。初めて列車に乗るから、実は少し不安だったんだ」

「利害の一致ってやつだな」

「それもあるけど、友達と一緒に旅ができるのが、僕にとっては嬉しいなって」


 その時アリシアの表情が、一瞬こわばった気がした。

 ベルが尋ねた。


「……アリシアは、嬉しくないの?」

「いや、嬉しいよ」


 アリシアは強い口調で即答した。


「嬉しいよ。だけど――」


 彼女の消え入りそうな言葉にかぶさるように、車内に出発を告げる放送が流れた。

 やがて、長い汽笛とともに車体が大きく揺れ、列車は北部都市へと走り始めた。

 窓の外が、見慣れた街の風景から、広大な穀倉地帯へと変わっていく。

 その様子をぼんやりと眺めながらも、ベルの頭の中はアリシアのことでいっぱいだった。

 アリシアはあの時、どんな言葉を続けるつもりだったのか?

 自分の言った言葉の中に、彼女を傷つけるものがあったのか?

 嬉しいと言ってくれたのは、本当の気持ち?

 視線を風景から目の前のアリシアに移す。 

 彼女は出発した時から、持ってきた本を広げて自分の世界に入っていた。ベルの経験上、この状態の彼女に声をかけるのは悪手だ。話しかければ、確かにその時は答えてくれるのだが、そのあとはさらに自分の殻にこもってしまう。

 仕方なく、ベルも彼女にならって本を読むことにした。鞄から、プレゼントとしてもらった本を取り出す。しかし、楽しみにしていたはずの作品なのに、内容はほとんど頭に入らなかった。

 それからさらに1時間ほど過ぎた。

 ふとベルが視線を外に向けると、進行方向に険しい山々が姿を現した――中央都市と北部都市を隔てる山脈だ。ほとんど平たんな土地である大陸において唯一といえる山脈で、最も高い山は標高が4000メートルほどある。

 列車は速度を落とすことなく、壁のようにそびえる山々に向かっていく。


「何か、気になるものが見えるのか?」


 思いがけずアリシアから話しかけられて、ベルはびくっと体を震わせた。


「びっくりした」

「何に」

「てっきり、本を読むのに集中してるかと思ったから」

「……」

 

 皮肉ともとれるベルの言葉を半ば無視して、アリシアはベルが見ていた景色を確認した。


「山脈が見えてきたということは、道のり全体の3分の1くらいってところだな」

「これで3分の1か……すごく遠いんだね」

「ここから先は、山の間を縫って進むことになる。今以上に揺れるから、酔って吐きたくなかければ本を読むのはやめておいたほうがいい」


 ベルは、アリシアの言葉に従うことにした。というのも、今の時点で少し酔っている感覚があったからだ。


「アリシアは慣れてるの?」

「ベルよりは、って程度だよ」


 そう言うと、アリシアは読んでいた本を鞄にしまった。

 そして、ベルの顔をじっと見つめながら彼女は言った。


「ベル……ごめん」

「えっと……ごめん、って?」


 思わず聞き返す。何に対しての謝罪なのか、ベルは分からなかった。


「出発前のこと」

「う、うん」


 数時間前の、消えかけていた記憶を思い出す。


「話が途中なのを知ったうえで、話すことを放棄した。ベルが聞きたそうにしているのを知ったうえで、それを無視した」

「それは……謝らなくてもいいことだよ」


 普段のアリシアが、こんな謝罪をするだろうか。

 小さな、だけど確かな違和感だった。思い切って、ベルはアリシアに言った。


「いやなら無理にとは言わないけど……でも、もし僕に話してアリシアが少しでも楽になるんだったら、あの時言いたかったことを話してほしいな」 


 たっぷり悩んだ後で、アリシアは口を開いた。


「ベルが、私を友達だと言ってくれた時、嬉しかったのは本当だ」

「うん」

「だけど」

「だけど?」

「私が、ベルの友達でいいのか。友達でいることが許されるのかって、思ってしまった」

「……そう思う理由が、アリシアにはあるんだよね」


 アリシアは頷いて、静かに話し始めた。

 



 私には、アリスという友達がいた。北部にいたときの、家族以外で唯一といってもいいほど仲のいい女の子だ。

 私の一族とアリスの一族は、議員を多く出している関係で、北部都市の議会と強い結びつきがある。特に、私の一族が保守的な派閥、アリスの一族が革新的な派閥、といった感じで。信条の違いで政治的に対立していただけでなく、明確に禁じられていなかったはずの個人的な交流も長らく行われていなかった。

 その流れを変えようとしたのが、私の両親と、アリスの両親だった。

 私には姉が、アリスには兄がいる。私たち4人、年齢の近い子供同士で交流が生まれれば、情勢に縛られたくだらない対立もなくなるはず――両親はそう考えていたと、姉さんから聞いている。

 計画は成功した。

 私たち4人はすぐに仲良くなった。最初は苦い顔をしていたおじい様たちも、私たちが一緒に遊ぶのを止めることはしなかった。

 今から4年前、私たちの間で【お茶会】を開こうという話になった。

 最初はアリスの兄であるコーシュカが主催になって、小さいけど楽しいお茶会が開かれた。そのあとは私の姉さんと私が、それぞれテーマを決めたお茶会を開いた。すごく楽しい時間だったのを、今でも覚えてる。

 最後に、アリスが主催する番になった。だけど、楽しい時間になるはずのお茶会当日、事件が起きたんだ。

 いつものように私たち4人、そして手伝いのために来てくれていた両親たち4人がお茶会の準備をしていた時、数人の男が会場に侵入した。襲撃に気づいた大人たちが、私たちを隠してくれたおかげで、私たち4人にほとんど怪我はなかった。だけど、この事件のせいで、私たちの両親と、アリス達の両親は命を奪われた。

 すぐに実行犯たちは捕まった。取り調べによって、両家の交流、和解しつつある状況が許せない勢力による犯行だと判明した。だけど、肝心の指示役は姿をくらまして、捕まえることができなかった。

 事件の関係者で最もショックを受けたのはアリスだった。

 自分が主催するお茶会で、大切な人を亡くした。それに、その日はアリスの誕生日でもあったんだ。お茶会が成功していたら、一番うれしい日になるはずだった。事件の後、家から出られなくなったアリスを見舞いに行ったけど、その間彼女は笑うことも泣くこともしなかった。話しかけても、ぼんやり頷くだけで……。

 その後、おじい様とアリスたちの祖父であるアリョール氏の間で話し合いがもたれて、両家が私的な交流を持つことは厳しく制限されてしまった。

 



「アリスとは、その日以来顔を合わせていない」


 アリシアは、涙こそ流さなかったが、苦しそうに顔をゆがめていた。


「4年間、アリスのことは忘れたことはない。でも、それだけだった。一番の友達と思っていたあの子にすら、私はそれしかできなかった。それどころか、おじい様のすすめだからと理由をつけて、3年前に中央の学校へ進学した。私は、友達が大変な時に、背を向けて逃げたんだ。そんな私が、誰かの友達になっていいとは思えない」


 思いがけず知ることになった彼女の過去に、ベルはかける言葉を見つけられなかった。

 何を言ったとしても、アリシアを元気づけたり、慰めたりでできるとは思えなかった。

14話 満ちる月と欠ける月

昼時にも関わらず、部屋が急に夕暮れのように暗くなった。  ベルは思わず窓の外に目を向けた。朝は雲1つない快晴だったのに、今は太陽を隠すほどの厚い雲が広がっている。嫌な予感がして、ベルは胸元で輝きを放つペンダントをぎゅっと握りしめた。...

 
 
 
13話 エマとレーゲン

ベルが“それ”を見たのは、2年ほど前のことだった。    その日は、ルナとアリシアが初めて顔を合わせた日でもあった。  のちに“いつもの中庭”となる、昼休みの学校の中庭。そこに、4人の子どもたちがいた。  白銀の髪の少女アリシアと、黄金色の髪の少女ルナ。そして、2人の様子を...

 
 
 
12話 北側と南側

『間もなく、目的地に到着いたします。お降りの際はお忘れ物のないよう――』    列車内に放送が流れるのを聞いて、ベルとアリシアは視線をお互いの顔に移動した。   「乗っていた時間、北部の時より早かったね」 「それは……距離が違うからな」  ...

 
 
 

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