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8話 ティーパーティーの顛末

ElleNanaizumi

更新日:2024年10月26日

 【お茶会】当日を迎えた。

 いつも通り、ベルは午前6時に目を覚ました。

 見慣れない天井から視線を移すと、どんよりと曇った空が窓越しに見えた。

 北部都市では珍しくないことだったが、ベルはその天気に不安を覚えた。


「……準備しなきゃ」


 身支度を済ませ、ベルは食堂に向かった。

 食堂ではすでにアリシアが朝食をとっていた。近くには食事の準備をするイーニーの姿もある。


「おはようございます、ベル様」

「おはようございます」


 イーニーはベルを席につかせると、早速食事を持ってきた。

 ベルはお礼を言ってから、湯気のたつ食事に手を付け始めた。

 昨日の夕食も美味しかったが、この朝食もベルは気に入った。


「どれも美味しいけど……このパン、すごく好きだな」

「それはイーニーの手作りだ」


 私も好きだよ、とアリシアが返す。

 当のイーニーは穏やかに笑っていた。


「パン作りは趣味も兼ねておりまして。お2人に喜んでいただけたようでなによりです」


 と、アリシアが思い出したように尋ねた。


「おじい様と姉さんは?」

「ドゥーブ様は要人を交えた会合に出席するため、先に出発されました。ローザ様も、さきほどお出掛けになりました」 

「残っているのは私たちだけか」

「その通りでございます。時間になりましたら、馬車にてお2人を会場までお連れしますので、ご準備をお願いいたします」

「ああ、分かった」


 ほとんど同時に食事を終えた2人の食器を、手際よくイーニーが片付けていく。

 食堂を離れようとしたベルは、そのイーニーに呼び止められた。


「ベル様は、のちほど衣装部屋へお越しください」


 イーニーの真意がつかめないまま、ベルは頷いた。

 衣装部屋はベルが滞在する客室の近くにあった。

 昨日アリシアと行った書庫も立派だったが、”衣装部屋”と呼ばれるだけあって、そこには数えきれないほどの洋服や装飾品が保管されていた。


「この中から、本日の茶会のお召し物を選んでください。ドゥーブ様より、ここにあるものは自由に使って構わないと許可を得ております」

「それはありがたいですけど……どうしてそこまで?」

「ドゥーブ様の招待を受けた形での参加となりますので、相応の身なりをしていただきたいのです」

「あっ……そう、ですよね……」


 確かにここにある洋服と比べると、ベルが持ってきた替えの服は見劣りする。

 落ち込むベルに対し、イーニーが続けた。


「……というのもあるのですが」

「え?」

「せっかくお茶会に参加するのですから、普段とは異なる装いをするのもいいでしょう?」

「イーニーさん……」


 それが本当の理由なのか、それとも彼によるせめてものフォローの言葉なのかは分からなかった。


「ありがとうございます」

「その言葉は、ドゥーブ様にお伝え下さい」


 ほほえみながらそう言うと、イーニーは部屋を出ていった。

 ベルが服を選び始めて少し経った頃、扉を叩く音がした。


「入っていいか」


 アリシアの声だった。


「どうぞ」


 アリシアは、食堂で見かけたときの格好と同じままだった。


「アリシアは着替えないの?」

「候補はあるんだが、少し迷ってる」


 ベルは驚いて――それから、ふふっと笑った。


「僕と同じだ」

「そうなのか?」

「うん。……よかったら、アリシアの意見を聞きたいな」


 ベルは、選んでいた衣装を並べた。


「服は決まったんだけど、どの飾りをつけようかなって」


 ベルは、装飾品が並んだケースを示した。

 様々な色、形。美術品には詳しくないベルでも、そのどれもが美術館に飾られていてもおかしくない品であることはわかる。改めて、アリシアたち一族の歴史の重みを実感した。

 アリシアは一通り眺めたあと、そのうちの1つを指して言った。


「あくまで私の提案だが、これはどうだろう」


 それは、青緑色の透き通った石が特徴的なブローチだった。


「綺麗な飾りだね。理由を教えてくれる?」

「私の父さんがよく身に着けていたものなんだ」


 ベルは驚いて、アリシアをじっと見た。


「そんなに大事なものを、僕が使ってもいいの……?」

「大事だからこそ、たくさん使うべきだと私は思う。おじい様は、しまい込みたがるけどな」


 ベルはブローチを取り出し、手のひらにのせた。

 所有者の思いが詰まっているように感じて、ベルは胸のあたりがあたたかくなった。


「……決めた。これにするよ」

「そうか」

「そういえば、アリシアも迷ってるって言ってたよね?」

「ああ、それなんだが」


 アリシアは、先程ベルがしたのと同じようにように笑った。


「ベルと話しているうちに、イメージが湧いてきたんだ」

「そうなの? どんな感じ?」

「見ればわかる」


 アリシアは、部屋の時計を見て小さく声を上げた。


「そろそろ準備しないと遅刻してしまうな」

「ほんとだ。……じゃあ、また後で」

「ああ」


 アリシアが出ていったことを確認してから、ベルは選んだ服に着替え始めた。



 ☆



「イーニーさん、何でもできるんだね……」


 感心した様子で、ベルが言った。

 ベルとアリシアは今、イーニーが御者をつとめる馬車に乗って、市議会の建物を目指している。

 お茶会の会場は建物の中にあるカフェ。普段は一般にも開放されているため、多くの市民に利用されている。また、予約さえ取れれば今回のように催しの会場として貸し切りにすることもできるのだ。


「小さい頃からイーニーを見ているが、できないことはないんじゃないかってくらい何でもしてる」


 すごい人だよ。そう呟くアリシアは、少し誇らしげだ。


「この髪だって、イーニーが結ってくれたんだ」

「そうなの?」


 家を出発する時のことを思い出す。

 ――エントランスに姿を現したアリシアは、普段とは全く違う雰囲気をまとっていた。

 真っ先に目を引いたのは、髪型だ。

 長い髪はゆるく巻かれ、ハーフアップにしている。その髪型は、昨日彼女に見せてもらった『系図』に載っているフェリシアを思わせた。

 服装も違っていた。普段は白黒のシンプルな色を好んで選ぶが、今日は黒地にたくさんの花束のような柄が入ったスカート。裾からは白いフリルがのぞき、動く度に髪の毛先と一緒に揺れていて――。


「ベル?」


 アリシアに名前を呼ばれ、ベルははっとした。

 彼女は心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫か?」

「ごめん、アリシアが素敵だったから」


 アリシアは目を見開いた。


「からかってるのか?」

「からかってないよ! 雰囲気が変わったことにはびっくりしたけど、すごく綺麗で、可愛いと思う」

「……そういうの、本気にするぞ」


 アリシアは、もっと自信を持ってもいいのにな。

 ベルがそれを言う前に、馬車の動きが止まった。

 2人は窓の外に目を向けた。周囲とは明らかに雰囲気の違う、巨大な建物がそこにはあった。


「到着でございます」


 イーニーが扉を開けた。

 2人が馬車を降りたのを見計らって彼は言った。


「お2人とも、素敵ですよ」


 ベルとアリシアは顔が赤くなった。


「もしかして、聞いていたんですか!?」

「よく通る声をしていますからね、特にベル様は」


 イーニーは御者台に乗りこんだ。


「私は馬車を置いてきますので、お2人は先に会場へ」


 そう言うと、イーニーは馬車とともにその場を離れた。

 入れ替わるように、ローザがこちらへ向かってきていた。

 待ち合わせの時間には、まだ余裕があるはず。だが、ローザの顔には焦りがあった。

 せっかく整えたであろう髪型や、真っ白なドレスにも、ところどころシワや汚れが見える。


「何かあったのか、姉さん」


 挨拶もそこそこに、アリシアが尋ねる。


「アリスがいなくなったの!」


 ローザの言葉に、2人は息を呑んだ。


「トイレに行くって言って、それから戻らないの。もちろんトイレも探したけど、そこにはいなくて……」

「どれくらい前なんだ」

「15分くらい前のはず」


 その時だった。

 眼の前の建物、その最上部で爆発が起き、屋根と壁の一部が吹き飛んだ。

 ベルたちはもちろん、周囲にいた人々は驚いて固まった。

 先に反応したのはローザだった。


「あそこって、大会議室がある場所じゃ……!」

「大会議室って、装置がある部屋ですよね?」

「それもだけど、今コーシュカたちがアリスを探してあの辺りに!」


 それを聞いた瞬間、アリシアはほとんど走る早さで建物へ向かった。ベルとローザも後へ続く。

 市議会の建物は3階建てと階数自体は少ないが、その代わりに各階の天井が高く、横にも長い構造をしている。3人はひたすら階段を上り続け、やがて長い廊下のある階に出た。

 通路の先で、巨大な扉が粉々に砕けている。


「あそこが大会議室よ!」


 ローザが叫んだ。

 アリシアが駆け出そうとするのを、ベルは手首を掴んで引き留めた。


「待って、アリシア!」

「止めないでくれ、アリスがいるかもしれないんだ」


 思いの外強い力で、アリシアはベルを振りほどこうとしている。

 それでもベルには、アリシアを止めるべき理由があった。


「いるのは……アリスだけじゃないかも」


 そう言うとベルは、服の中からペンダントを取り出した。

 眩しい光を放つそれは、アリシアにも見覚えがあった。


「この光は、列車の時と同じ……」

「あの時は助かったけど、今度もそうなるとは限らない。危険だよ!」


 アルケーのことが言えないのがもどかしい。

 アリシアのちからが弱まったのを感じて、ベルは掴んでいた手首を離した。

 だが、それは間違いだった。


「……だとしても」


 アリシアはベルに背を向けた。


「私はもう、動かなかったことで後悔したくない」

「アリシア!」


 今度こそ止める間もなくアリシアは扉の向こうへ飛び込み、惨状を目の当たりにした。

 わずかに遅れて、ベルとローザも同じ光景を目にする。

 扇状に並んだ議席は、所々大きな穴が空いていた。木が焦げた匂いもする。

 もっと大きな被害を受けていたのは、奥の議長席だ。

 大きな机があるはずの場所には、真っ黒に焦げた木片が散らばっていた。大きく崩れた壁からは、灰色の雲が一面に広がる外の景色が見える。外でベルたちが見た爆発は、間違いなくここで起きていた。

 そして、そこにはドゥーブとアリョール、コーシュカの姿があった。

 ローザは急いで彼らのもとに向かい、状況を確認した。

 大きな怪我はしていないものの、擦り傷や火傷をしている。

 彼女はこの惨状を引き起こした人物を睨み付けようとして――衝撃を受けた。

 ローザとほぼ同じタイミングで、ベルたちも襲撃者の正体を知った。

 議長席だった場所から少し離れた位置にいる、長い銀色の癖毛の少女。

 リンゴのように真っ赤なリボンと、同じ色のジャンパースカートの姿。手足はすぐにでも折れそうなほど細い。そしてその顔は、昨日アリシアに見せてもらった『系図』にも記されていた。

 アリスだった。

 同時に、ベルは気づいた。アリスの細い腕に不釣り合いな、目玉ほどの大きさの球がはめられた腕輪に。――それは、列車で襲ってきた男がつけていたものに似ていた。

 アリスは議長席からアリシアたちのいる方向を向いた。深紅の瞳には光がなく、人形のようだった。


「久しぶりだね、アリシア!」


 少女らしい笑みを浮かべてはいるが、あまりにも場にそぐわない表情は恐ろしささえ感じる。

 名指しされたアリシアの表情は険しい。

「どうしたの? 私、ずっと会いたかった……アリシアは違うの?」

「……」

「友達でしょ?」

「……アリスが、やったのか」

「ああ、これのこと?」


 アリスはなんでもないことのように言った。


「そこにある”装置”が邪魔だから壊すの。おじいちゃんたちはその邪魔をしてるんだよ」

「傷つけているのは家族だぞ」

「家族でも、邪魔をするなら壊すの」


 それとね。

 アリスの手から、火の玉が生まれた。


「そのペンダントも、邪魔だから壊さなきゃ!」


 瞬く間に巨大な炎の塊になったそれが、ペンダントをかけたベルに向かって飛んでいく。

 アリシアは、突然標的にされたショックで動けずにいるベルを床に押し倒した。

 炎の塊は彼らの上を通って壁に激突し、巨大な焦げ跡を生んだ。


「しっかりしろ!」


 アリシアが叫ぶ。その声で、ようやくベルは正気を取り戻した。

「ごめ――」

「謝らなくて、いい」


 アリシアはベルを立ち上がらせてから、しっかりとアリスを見た。

 直撃を免れたため2人に怪我はなかったが、アリシアの綺麗に巻かれていた髪の毛の先や服の裾が茶色く縮れていた。

 ベルは胸が苦しくなって、眩しいほどの輝きを放つペンダントごと手を握りしめた。

 攻撃が失敗したのを見て、アリスは一瞬不機嫌になった。

 だが、すぐに張り付けたような笑顔を見せてアリシアに尋ねた。


「アリシアも邪魔するの?」

「……」

「友達だったら、私のちからになってよ」

「……」

「私のこと、嫌いになったの?」

「……その声で」

「?」

「その姿で、友達を語るな」


 アリシアは、これまでベルが聞いたことがないほどに怒りを込めた声で言った。


「私の知っているアリスは、人を傷つけたりしない。家族ならなおさらだ」


 アリスの顔から感情が消えていく。


「お前は誰だ!」


 一瞬の間をおいて、アリスは狂ったように笑った。

 笑いが収まったあと、”アリス”から発せられたのは男の声だった。


「――あーあ、もうばれたか。とはいえ完遂まではあと少しだ、問題はないだろう」


 ふたたび不気味な笑みを浮かべながら、”アリス”が言う。


「誰だと聞いている!」

「アリシアはわからないはずさ。――だがドゥーブ、アリョール。貴様らなら、この声で俺が誰かわかるだろう」


 2人の当主の脳裏には、同じ人物が浮かんでいた。

 アリョールが言った。


「グラナート、か」

「その通り。さすがに覚えていたか」

「当たり前だ。北部都市の歴史上最大の汚点、忘れるわけがない」


 老人たちは苦い顔で睨みつけた。

 彼らだけでなく、名前を聞いたローザとコーシュカ、そしてアリシアの顔までもが険しくなった。


「ほう、子供でも名前は知っているというわけか」

「どういうこと……?」


 唯一状況がつかめないベルに、アリシアが答えた。


「私が生まれるよりも前の話だ。北部都市で政治的混乱を目的とする暴動が発生し、中心となった人物数名が逮捕された。そのうちの1人が、当時市議会議員を務めていたグラナート。現役の議員が、暴力による変化を引き起こそうとしたという点で、北部の学校では”都市史上最悪の犯罪者”として教えられるんだ」

「さすが議員の孫、試験なら満点の解答だ」


 明らかに馬鹿にした物言い。

 アリシアは不快感を隠さなかったが、それ以上挑発に乗ることはしなかった。

 ドゥーブが尋ねた。


「そのお前が、なぜ今になってここにいる」

「今、ねえ」


 ”アリス”――グラナートは含みのある言い方をした。


「何が言いたい」

「今じゃないのさ」


 誰もが発言の真意をつかめずにいる中、グラナートは言った。


「4年前の事件。あれも俺が仕組んだのさ、ある方の協力を受けながらな」


 その自白は、今日の天気について話をするような口ぶりだった。

 あまりにも軽薄な暴露に誰もが言葉を失う中、グラナートは言葉を続けた。


「俺は5年前、手引を受けて脱獄に成功した。世間では大々的に捜索が行われたようだが、幸いにも支援者が俺を匿ってくれた。そして今から4年前、あの方が俺に接触してきた。【茶会】の騒動を起こすことを提案し、俺はそれを受け入れたのさ。あの時は、派閥同士の亀裂を生むことが目的だった。死人が出たのだから盛り上がるかと思ったが、なかなかうまく行かないものだな」

「……そんなことのために、お父様やお母様が」


 ローザが悔しそうに呟く。コーシュカはその肩をしっかりと抱きながら、饒舌なグラナートを睨みつけた。


「4年前は失敗したが、今回の件がうまく行けばより良い結果が得られるだろう。……とはいえ、あの方が求める一番の目的は”装置”の破壊だからなあ」


 グラナートは、議長席に目を向けた。

 より正確に言えばその奥、コーシュカたちが囲む柱。その中に封印されている”装置”に。


「”アリス”の体を使っている限り、貴様らは手を出すことはできないだろう。俺はただ、破壊に専念するだけでいいのさ」


 グラナートが火の玉を投げつけるが、柱の手前でそれは細かく弾けた。

 ドゥーブとアリョールによる防御魔法の壁が、攻撃を防いでいたのだ。


「これが面倒なんだよな……」


 ドゥーブとアリョールは次々に襲う火の玉を防ぎ続ける。

 だがその息は荒く、力尽きるのも時間の問題だった。

 アリシアはベルに向かって叫んだ。


「あの腕輪、列車の男がつけていたものだろう、どうにかできないのか!?」

「さっきからやってるよ!」


 ベルがつられて叫び返す。


「でも、何かが邪魔してるんだ!」

「邪魔……?」


 会話を聞いたグラナートが攻撃の手を止め、ベルのほうを向いた。


「腕輪を壊そうとしているんだろうが、無駄だ。これは少し特別なのさ」


 彼は腕輪を見せつけながら、にやっと笑った。


「腕輪の球の部分には、兵器アルケーの技術が用いられている」


 ベルは自分の耳を疑った。


「アルケーに関する資料は破棄されたはずじゃ……」

「強力な兵器の噂はずっとくすぶり続けていたのさ。あの方は噂をもとに自力で代替品を生み出したのさ。そして俺は、あの方の実験台となることで、この球を新しい体にした。4年前の事件の後のことだ」


 クロさんは、このことを知っているのだろうか――焦る気持ちと同時に、ベルの頭の片隅にはそんな問いが浮かんでいた。

 グラナートが続けた。


「まあ、本来のアルケーに比べて耐久性は低いそうだが、それでも多少のことではびくともしない。全く、最高だよ」


 グラナートの火の玉が、今度はベルめがけて飛んでいく。

 狙いが甘く、かつ警戒できていたおかげで、今度は避けることができた。

 ベルは、その火の玉が先程よりも威力が増しているように感じた。


「アルケーは使用者の魔法に関する能力を強化する。そうでなくたって”アリス”は才能に恵まれているみたいだ! こんなに素晴らしい器は早々ない!!」


 グラナートの声が熱を帯び、半ば叫ぶように言った。


「さあ、ペンダントとともに燃え尽きてしまえ!!」

「ベル……!!」


 アリシアがベルをかばうように立ちはだかった。

 次の瞬間、2人がいる場所に火の玉が直撃した。


「アリシア! ベル君!」


 ローザの叫ぶ声がする。

 勝ち誇ったように笑うグラナートだったが、その笑いはすぐに消え失せた。

 一瞬大きく膨らんだように見えた火の玉が、少しずつ勢いを失っていく。

 すべての火が消えたとき、そこには火傷ひとつないベルとアリシアの姿があった。


「なにが起きた!?」


 グラナートは次々と攻撃を繰り出すが、どれも2人に届く前に勢いを殺されている。

 やけになった彼の攻撃は、もはや無意味だった。



 

 グラナートがベルたちに意識を向けていた時のこと。

 防御壁が消え、ドゥーブとアリョールはその場に倒れ込んだ。


「じいちゃん!」「おじい様!」


 ローザとコーシュカが彼らのそばに寄る。

 当主である老人たちは短く視線を交わすと、それぞれが指輪を外してを2人に渡した。


「これで、そこにある”装置”の封印を解きなさい」


 コーシュカは、アリョールの言葉に戸惑った。


「じいちゃん……?」

「時間がない、早くしなさい」


 アリョールの鷹のような目がコーシュカを射抜く。

 その目線に込められた思いを感じ、コーシュカは指輪を受け取った。


「……分かったよ」


 ローザもまた困惑していた。

 ドゥーブが静かに、しかしきっぱりと言った。


「グラナートの口ぶりからするに、もはや我々だけの問題ではなくなっている。封印を解くなら今しかない」

「でも――」


 装置がどう働くかわからない。

 それに。


「あいつの体はアリスなのよ! アリスに攻撃するってこと!?」


 踏み切れないローザに、コーシュカは言った。


「ローザ、まずは封印を解こう。……僕らは、選択肢を増やさないといけない」


 急き立てられていた先程とは、全く違う様子だ。

 コーシュカはこういうとき、気持ちの切り替えが早い。

 そのことを、ローザはよく知っていた。


「……うん」


 ローザは、ドゥーブの手から指輪を受け取って指にはめた。

 それから2人は”装置”がおさめられている柱の前に立った。

 装置のある場所はガラスに似た素材で囲われているが、その中は白いもやのようなもので満たされていて、見ることはできない。だが、2人が指輪をかざすと、もやの中央で青白い光が発生した。


「この中に、装置があるんだな……」


 室内で爆発が起きた。

 振り返ると、アリシアたちにグラナートが攻撃を仕掛けていた。


「急ごう」

「え、ええ」


 2人は指輪を柱の前にかざし、唱えた。


「「『両翼は、市民の幸福のために』!」」


 言い終えた瞬間に囲いが粉々に砕け、中から強烈な光が溢れだした。


「あ、れ……?」


 ローザは、体のちからが抜けるのを感じた。

 崩れ落ちる直前、コーシュカが受け止める。

 だがその呼吸は荒い。彼もまたひどく疲れているようだった。


「封印を解くのに、魔力が必要だったみたい。……あの時のじいちゃんたちじゃ、できなくて当然だ……」


 装置の解放に気を取られている間に、グラナートが再びアリシアたちに攻撃を仕掛けていた。

 間に合わない。

 ローザは歯がゆい思いで、見ていることしかできない。

 そんな時だった。


『若き後継者たち、よくやってくれた。あとは任せてくれ』

「え……?」


 女性の声をローザが聞いたのと同時に、彼女の頭上をなにかが通りすぎた。

 次の瞬間、巨大な炎の塊がアリシアたちを包み込んだ。


「アリシア! ベル君!」


 ローザは叫んだ。

 最悪のイメージが浮かび――やがてそれが、全くの間違いであることを知る。



 ☆



 炎が、自分達に届く前に消えていく。

 ベルとアリシアは、不思議な気持ちでその光景を見ていた。


「なにが起きた……?」


 アリシアが呟く。

 だが、不思議なことはそれだけではなかった。

 ベルのペンダントが、これまでにないほど強く輝いている。

 そして、同じくらい強い光が、アリシアの手の中からも溢れていた。

 彼女の手の中には、青く透明な指輪があった。

 細かな装飾が施されていて、形はドゥーブが持っているものと似ているように見えた。

 ――いつの間にか、ベルとアリシアの前に女性が立っていた。

 とても見覚えのある顔だ。先ほどから、昨日アリシアに見せてもらった『系図』が役に立っている。

 ベルは女性に言った。


「僕はベルといいます。……あなたは、マルガレータさんですね」

 女性はまっすぐにベルを見つめた。


『ああ。”装置”を通じてそなたたちに話しかけている』


 かつて北部都市を率いて大陸戦争時代を生きた女性、マルガレータ。

 そのマルガレータが、なぜか眼の前にいて、ベルと訳の分からない話をしている。

 アリシアは尋ねたくなる気持ちを抑えた。

 それに気づいたのか、ベルが彼女に向かって言った。


「ごめん、あとでちゃんと説明するね」


 アリシアが頷いたのを確認して、ベルは改めてマルガレータに向き合った。


「アルケーが盗まれました。現在の管理人であるクロさんから、装置の回収を頼まれています」

『クロ、か。それにそなたは……いや、今はこの状況を切り抜けるのが先だろう』


 マルガレータの言葉に疑問を持ったものの、ベルは協力が得られたことに安心した。

 彼女はアリシアに話しかけた。


『今”装置”を持っているそなた、名前は?』

「アリシアだ」

『アリシア、そなたのちからは私のそれに似ている。うまく使えるはずだ』

「……やってみる」


 ベルが見守る中、アリシアは指輪をはめた。

 その瞬間、彼女を中心に冷気の渦が生まれた。ただ冷たいのではなく、まるで冬の朝のような、ある種の清々しさを含んだような冷気だ。マルガレータは満足そうな表情を浮かべて、その冷気の中に溶け込むように姿を消した。


「アリシア、大丈夫?」


 心配そうに尋ねるベルに、彼女は答えた。


「問題ない」


 アリシアの頭の中に、イメージが流れ込む。


「使い方は、マルガレータが教えてくれている」


 冷気は範囲を広げていき、それまで攻撃を防いでいた壁に代わって攻撃を打ち消していく。

 全ての攻撃が無力化されたその先に、グラナートの愕然とした表情があった。



 ☆



 ついに、グラナートの攻撃の手がとまった。


「ありえない……何が起きたんだ……」


 先程までの勢いが嘘のように、グラナートの言葉に力はない。

 一歩、また一歩と歩み寄るアリシアに気圧され、じりじりと後ずさるグラナート。やがて彼は部屋の端に追いやられた。


「アリスを返せ」

「い、いいのか! この体はアリスそのものだ! 貴様に傷つけられるものか!?」


 アリシアは迷うことなく、指輪をはめた手をグラナートに向けた。

 冷気が生まれ、グラナートの手足を包む。

 あっという間に、彼は氷漬けになって一歩も動けなくなった。


『ペンダントと”装置”のちからがあれば、この悪しき腕輪を壊すのは容易いはずだ』


 追い付いたベル、そして敵と対峙するアリシアに、マルガレータの声が響く。

 2人は顔を見合わせてから、グラナートの腕輪に意識を集中した。

 ペンダントと指輪が、深い青色の光を放つ。

 グラナートの腕輪の球にヒビが入った。


「くそ、こんなガキどもに……、――様……」


 球が粉々に砕け、”アリス”の腕から腕輪が床に落ちた。

 がくん、と”アリス”の体がちからを失う。


「アリス……!」


 アリシアは氷の拘束を解き、アリスを抱き留めた。


「あり、し……あ……?」


 か細い少女の声が、友達の名前を呼んだ。

 アリシアは、いっそう強くアリスを抱きしめた。


「そう、私だ。……遅くなって、ごめん」


 アリスは弱々しく首を振った。

 アリスが、そろそろとアリシアの背中に腕を回す。


「なにも、わるくないよ。……私知ってるよ、アリシアが……ずっと、お見舞いに来てくれてたこと。ちゃんとお話しできなかった、私こそ……ごめんね」


 アリスが目を閉じる。同時に、腕の力が抜けてだらんと下がった。


「アリス……アリス……っ!」


 なんとか動けるようになったローザとコーシュカがやってきて、アリスの様子を確かめた。


「大丈夫、眠ってるだけだ」

「そう、か……」


 安心したのか、アリシア体がふらついた。

 そばにいたベルが彼女を支える。


「……ベル」

「ちゃんと、話せてよかったね」


 アリシアは目を見開いた。

 それから、柔らかな笑顔で答えた。


「ああ、そうだな」 


 壊れた壁の外で、雲の切れ間から光が差し始めていた。

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