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7話【ティーパーティー】前夜

ElleNanaizumi

更新日:2024年10月26日

「着いたわ。私たちの家にようこそ!」


 ローザが言う家は、ベルの想像を超えていた。

 薄闇の中、街灯に照らされた外観にはほとんど装飾がない。窓が最大の特徴といってもよいほどだ。だが、よく手入れされた中庭や、汚れひとつない外壁などは、屋敷の所有者の人柄をよく表しているように思えた。

 ローザを先頭に、玄関へと足を踏み入れる。


「……では、明日また」

「ああ、よろしく頼む」


 3人の男性が、ちょうど話をを終えたところだった。

 1人はローザより少し上くらいの年齢に見える青年。あとの2人は5、60歳代だろうか。そのうちの1人は車椅子に座っている。そして全員が、銀色の髪と赤い瞳をしていた。

 青年はその場にいた人々に向かって一礼をすると、ベルたちの横を通り抜けて屋敷を後にした。

 気のせいかベルには、その青年とローザが、一瞬だけ視線を交わしていたように見えた。

 青年が去った後、残った2人の男性がローザたちを迎えた。


「ローザ、ご苦労だった。アリシアも、よく戻ってきてくれた」


 車椅子の男性の言葉に、2人は軽くお辞儀をして応えた。

 ふと、男性の視線がベルに向けられた。

 ローザが経緯を説明すると、男性は小さくそうか、と呟いてからベルに向かって言った。


「私はドゥーブ。2人の祖父であり、屋敷の主だ」


 ということは、この人が装置の管理人だろうか。

 ベルも挨拶を返すと、ドゥーブがさらに言った。


「クロに頼まれた件について聞きたいことはあるだろうが、列車の移動で疲れただろう。食事と入浴を済ませてから話をしよう」


 ドゥーブの言葉で、一旦解散することになった。

 ベルはドゥーブのそばに控えていた男性、イーニーの案内で客室に通された。


「こちらは、クロ様が滞在される際に利用いただいている部屋になります。必要と思われるものはおおむね揃えておりますが、必要なものがあれば遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます、イーニーさん」

「ご夕食の準備がまもなく整いますので、荷解きが終わりましたら食堂へお越しください」

「わかりました」


 イーニーが部屋を出た後、ベルは荷解きをすすめながら部屋の様子を確かめた。

 中央にある自分の部屋よりも2回りは広い空間で、ベッドも少し大きい。


「クロさんも、ここに泊まってたんだよね」


 クロさんは今、何をしているだろうか。

 そんなことを思いながら作業を終えたベルは、夕食をいただくために食堂へと向かった。



 

 2時間ほど後、風呂にも入って心身ともに満たされたベルは、ついにドゥーブの書斎に招かれた。

 暖かな光で照らされた部屋の中では、書斎の主が大きな机に広げた古い装丁の本を読んでいた。

 ベルが来たことで読書を中断したのだが、それまでの一連の動きはアリシアのそれによく似ていた。


「改めて、よく来てくれた」


 低く落ち着いた声が、ベルに向けられる。


「手紙も読んだが、いきなり代理を任されて驚いただろう」

「いえ、僕で役に立てるならと思って引き受けたことなので……」


 ドゥーブは、来客用のソファに座るようベルを促した。

 ベルがその通りにしたのを見計らって、ドゥーブは言った。


「クロとは10年ほどの付き合いになる。アルケーや装置にまつわる秘密の共有者、といったところだな」

「大陸各地の装置の状況については、クロさんに聞きました。北部の装置はドゥーブさんの一族が、ずっと守っていたんですよね」

「……守っていた、というのは少し語弊がある。現在装置が保管されているのは、北部都市の市議会が開かれる、大会議室の中――ある意味では、公衆の面前にあたる場所だからだ」


 ベルは驚いた。


「てっきり、誰も寄り付かないような……例えば、洞窟の中みたいな場所にあるんだと思っていました。どうしてそんな場所に?」

「私を含め、一族の当主は議員になることが多い。それは、大陸戦争当時の当主も例外ではなかった。彼女――マルガレータは戦時中、市議会の議長に選ばれ、戦争の最前線に立って人々を率いていた。戦後も長い間議員として人生を捧げた一方で、アルケーの抑止力である装置を管理する責任を担っていた。しかし、やがて彼女も年老いて、死期を悟った。自身の死後も管理が続くよう、彼女はある仕組みを用意し、そのために大会議室内に装置を置くことを定めたのだ」

「仕組み、ですか?」

「彼女の祖先であり、この北部都市の基礎を作った開拓者、プロートポロス。その血を引く2つの一族の各当主に、装置の封印を解く力を与えたのだ」


 ドゥーブは自身の指にはめられた、古い指輪を見せた。


「これは1つでは意味をなさない。もう1つの一族の当主が持つ指輪が同じ場に揃い、合言葉を唱えることで封印が解かれるとされている」

「もう1つの一族というと……」

「アリスの話は聞いているか?」


 ベルは列車の中で彼女について話す、アリシアの苦しそうな表情を思い出した。


「……はい。アリシアから聞きました」

「そのアリスと、先ほど玄関ですれ違った青年、名前をコーシュカという。彼ら2人の祖父が、もう1つの一族の現当主であるアリョールだ」


 話を聞くうちに、ベルの中で少しずつ情報がつながってきた。

 アリシアとローザ、ドゥーブ。保守派一族。

 アリスとコーシュカ、アリョール。革新派一族。

 政治的な対立があったけど、子供たちを中心に両家の関係は良好だった。

 だけど、それは4年前の事件が起きるまでの話。


「両家の対立は、さかのぼればプロートポロスの2人の息子から始まっている。都市の成立以来およそ千年、公私にわたって対立してきたが、唯一完全に一致して都市を運営していたのが大陸戦争の頃だった。マルガレータが装置の封印をあのように施したのは、普段はいがみ合っていたとしても、非常時には協力して課題を解決することの象徴としたかったからだろう」


 ドゥーブは、一度深呼吸をしてから言った。


「4年前の事件以来、両家の関係はほぼ完全に断たれた。襲撃者たちの目的が両家の分断にあることは分かっていたが、孫たちの安全には代えられない。断絶の判断は必要な措置だったと考えていた。……クロが、その考えを改めるきっかけを与えてくれるまでな」

「クロさんが……」

「ああ。数か月前、クロがコーシュカを連れて会いに来たのだ。なんでもアルケーや装置に関する情報収集の中で、コーシュカと知り合う機会があったという。話をしていく中で、コーシュカの口からアリスの精神状態が快方に向かっていることを知った。そして、彼女自身が茶会の開催を希望していることも。その後私たちはアリョールやローザも交えて話し合い、最終的には協力して茶会を行うことで合意した。

 参加者は孫たち4人。私とイーニー、アリョールは、かつて我々の子供たちがそうしていたように、裏方に回りつつ、保護者として立ち会うことにしている」

「でも、襲撃の可能性はあるんですよね……?」

「可能な限りの対策は行っているが、万一の事態が起こる想定もしている。……襲撃におびえていつまでも縮こまっているわけにはいかない。今この時を逃せば両家は永遠に分断されると考えて決断した」


 それに、両家が完全に分断されることがあれば、装置の封印解除にも大きな障害となる。

 ドゥーブの言葉に、ベルは頷くしかなかった。……どちらが、本音だろう。

 ベルは別の質問をすることにした。


「お茶会はいつ行われるんですか?」

「明日だ」


 ドゥーブはベルをじっと見ながら言った。


「明日の茶会には、ベル、君にも参加してもらいたい」

「え?」

「もともとの計画では、クロが立会人としてここに来ることになっていた。彼の協力がなければ、今回の茶会は開かれなかった。計画の仕上げとして、彼に見届けてもらうつもりだったのだが……クロが担うはずだった役割を、ベルにしてもらいたいのだ」


 クロさんはそんな話してなかった。そう言いたくなるのを抑えて、ベルは言った。


「僕、何も知らないですけど……できますか?」

「仲介役としてのほとんどのことは、すでにクロが済ませている。明日の茶会の結末を見届けることが、ベル、立会人代理としての役割だ」


 それを聞いて、ベルは胸をなでおろした。


「それなら、なんとかできそうです」

「この催しが無事に終了すれば、装置の封印解除に必要なアリョールの協力も得られるだろう。その意味でも、何としても成功させねばならない」


 ベルは頷いて、胸元のペンダントを握りしめた。

 固くて冷たい感触が、ほてり始めたベルの気持ちを、ほんの少し落ち着けてくれる気がした。

 ふと、ドゥーブの顔が曇った。


「ドゥーブさん?」

「……アリシアのことが気がかりでな」

「アリシア、ですか」

「参加者の中で、アリシアにだけは茶会の話を伝えていない」


 ドゥーブは悩んだ末にこの方法を取ったのだろう。

 ベルは彼が浮かべる表情から、そのことを十分に理解できた。


「あの子のことだ、あらかじめ開催を教えていたら家に帰ることすらしなかっただろう。この後孫たちを呼んで明日のことについて話すつもりだ。……申し訳ないが、アリシアが万一参加を拒むようなことがあれば、何とかして参加してくれるよう働きかけてほしいのだ」

 友人であるベルが頼むなら、アリシアも聞いてくれるだろう。

 ドゥーブはそう言ったものの、ベルには自信がなかった。

 半日前のアリシアを思い出す。

『友達でいることが許されるのか』

『私は、友達が大変な時に、背を向けて逃げたんだ』

『私が、誰かの友達になっていいとは思えない』

 それらに対して反論どころか、何の反応もできなかった自分が、果たしてアリシアの気持ちを変えることができるのだろうか。


「……頑張って、みます」


 そう答えるので精いっぱいだった。 

 ドゥーブはイーニーに、アリシアたちを呼ぶよう指示した。

 数分後、書斎にアリシアとローザが姿を現した。

 2人も入浴は済ませていたようで、着心地のよさそうな部屋着に着替えている。

 そんな彼女たちに、ドゥーブはお茶会の話をした。

 ローザは既に知っているため、特におかしな反応は見せなかった。

 ……一方でドゥーブが危惧していたとおり、アリシアの反応は芳しくなかった。

 彼が話す間、アリシアは言葉こそ発しなかったが、終始思いつめた顔をしていた。



 ☆



 ドゥーブの話が終わった後、部屋に戻ろうとするベルにアリシアが声をかけた。


「見てほしいものがある。付き合ってほしい」


 そう言って、半ば強引にある部屋の前まで連れて行った。

 アリシアにしては珍しい行動だと思ったが、ドゥーブの話で思うところがあったのかもしれないと考え、ベルはおとなしく彼女に従った。


「ここは何の部屋?」

「すぐに分かる」


 扉を開けた瞬間、真っ暗な室内から古い紙特有の匂いが流れ出した。

 一瞬遅れて、部屋が薄明るく照らされる。どうやら照明用の魔法が発動したようだ。

 その部屋は大量の蔵書が保管された書庫だった。

 2人は、部屋の奥にある椅子に腰かけた。摺りガラスの窓を通して、青白い月明かりが差し込んでいる。今は暗いが、日中であれば読書にうってつけの空間になるだろう。

 ベルには、アリシアがここで本を読みふける姿が容易に想像できた。


「この部屋には、代々の当主が集めた書籍や資料が保管されている。特に、大陸戦争に関するものなら、学校の図書館よりも充実しているんだ」


 ベルは、数日前に彼女が中庭で読んでいた本を思い出した。


「もしかして、この前読んでいた本も?」

「ああ、ここから持ち出したものの1つだ」

「ということは、ここには持ってきているの?」

「帰ってきてすぐ、棚に戻したよ。中央に行くときは、また別のを持っていこうと思ってる」


 会話の切れ目だと判断して、ベルはアリシアに尋ねた。


「それで、見てほしいものっていうのは?」

「それもあるんだが……先に、話を聞いてくれないか」


 いつもと違う様子だったのは、やっぱり理由があったんだ。

 ベルは、アリシアが話し始めるのを待った。

 彼女が口を開くのに、それほど時間はかからなかった。


「おじい様の話を聞くまで、私はお茶会のことは知らなかった。以前もらった手紙には、『大切な話があるから戻るように』としか書かれていなくて。……アリスのことがわかっていたら、私は来ないと思われていたんだろう。そしてそれは、多分正しい。今だって、明日が来るのが怖いくらいだから」


 列車の中でもそうだったが、今日のアリシアは饒舌だった。

 だけどその話し方は楽しさからくるものではなく、むしろ何かへの恐れから早口になっているように聞こえた。


「おじい様たちの取り決めでアリスに会えなくなった時、実は少し安心している自分がいたんだ。それは、本来のアリスが戻ってきたときに、私がどんな顔をして会えばいいのか分からなかったから。それを、今になってアリスと会うことが決まって……先延ばしにしていた問題に、向き合わなければいけなくなった」

「アリシア……」

「ベル、私はどうしたらいい?」


 彼に問いかけるアリシアの声は震えていた。


「アリスに、なんて声を掛けたらいいだろう。逃げ出した私に、まだ友達だって言ってくれるかな? 嫌だって言われたら? 私は――」

「アリシア」


 ベルは、あくまで冷静に、彼女に呼び掛けた。

 アリシアがじっとベルを見る。薄暗くても、その深紅の瞳が潤んでいることはよく分かった。


「どうするか、は、アリシアが決めるしかないと思う」


 瞬きをしたアリシアの瞳から、大きな雫がこぼれる。

 こんな言い方は、よくない。

 ベルは必死に、別の言葉を探した。


「僕から言えることは……えっと……、今度のティーパーティーはアリスが開きたいと言っていったんだよね。それにアリシアは招待されている。もしアリスがアリシアのことをなんとも思っていないなら、招待すらしなかったんじゃないかな」


 アリシアは、ただ静かにその言葉を聞いていた。


「こんな言い方しかできなくて、ごめんね」


 アリシアが首を横に振った。

 動きに合わせてわずかに揺れる髪が、とてもきれいに思えた。


「……少し、冷静になれた気がするよ」


 話を聞いてくれてありがとう。

 そう言って、アリシアは穏やかに笑ってみせた。

 袖で目元をぬぐった彼女は、思い出したように立ち上がった。


「どうしたの?」

「見せたいものがある、と言っただろう」


 アリシアは迷うことなく書棚のある区画に向かい、1冊の本を取り出した。

 机の上に本を置く。


「本を読むには少し暗いな」


 そう呟くと、アリシアは手元に魔力を集中させると――やがて、小さな光の球が彼女の手の中に現れた。


「本当は、最初に部屋に入った時にやるつもりだったんだ。すっかり忘れていた」


 光の球はふわふわとアリシアの手を離れ、机から30センチほど離れた位置でとどまった。

 本を読むには十分な、それでいて目に痛くない、ちょうどいい明るさだ。

 改めて、ベルはアリシアが持ってきた本に目をやった。

 表紙に『系図』とだけ記された、かなり古い本だった。


「この本は、私たち一族の先祖によって作られたものだ。同じ先祖を持つアリスの家にもあるらしい。

 この本には特殊な魔法が施されていて、祖先の血を引く子孫が生まれる、または死亡するとこの本に記録されるようになっているんだ。例えば……ここを見てくれ」


 アリシアは、最後のページを開いた。

 そこには、アリシアやローザの名前が、肖像画とともに記録されていた。

 少し離れた場所に、アリスとコーシュカの名前もある。


「これが、私の両親」


 アリシアは、自分の名前のすぐ近くを示した。

 生年と没年、両方が記された男女。アリシアの顔立ちは、母親に似ていた。


「これを見ればわかる通り、生きていれば生年だけが、死者は生年の隣に死んだ年がひとりでに記録される」

「それは分かったけど……」


 いまいち、アリシアが言いたいことがよく分からなかった。

 アリシアは真ん中あたりのページを開いた。


「ええと……あった、ここだ」

「……え?」


 アリシアが示した場所には、ベルの名前と、彼と全く同じ顔があった。

 生年はおよそ500年前。没年は――書かれていなかった。


「このページは、大陸戦争の時代を生きた先祖の系図が記されている。去年家に帰った時、この時代について調べていたら、このことに気づいた。生年が正しければ、この『ベル』は500年近く生きていることになるが……普通の人間でそんなに長く生きられるわけがない。ありえないんだ」

「偶然じゃないのかな。他の時代にもありそうだけど……」

「私もそう思って探してみた。だけど、この系図の生没年は明確に記されるよう魔法がかかっている。『ベル』以外に、同じような記載の人物はいなかったよ」

「じゃあ、ここに書かれた『ベル』は、今も生きているってこと……?」

「それは分からない……」


 ベルはもう一度、『ベル』を見た。

 当然だが、彼には両親がいた。

『ルーク』と『フェリシア』――彼らは、『ベル』が生まれたのと同じ年に、2人とも亡くなっている。

 偶然にしてはできすぎている。

 だが、『系図』からはそれ以上の情報を得ることはできなかった。

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